今から50年ほど前の話だ。横綱・大鵬がライバルの柏戸を圧倒し始めると玄人筋から批判が起こった。いわく「大鵬には型がない」 これに真っ向から反論したのが師匠の二所ノ関親方(元大関・佐賀ノ花)だった。「型がないのが、大鵬の型だ」
不可解な監督解任劇はメジャーリーグにおいても珍しいことではない。たとえば1970年代最強のチームと呼ばれたレッズの名将スパーキー・アンダーソンは78年オフ、日米野球から帰国直後、突如、解任された。スパーキーが来日している間にクーデターは水面下で着々と進行していたのだ。 二人三脚でチームを強くした信頼できるパートナーだったディック・ワグナーから直々に「クビ」を通告された時のショックは察して余りある。「ブルータス、お前もか!」という心境ではなかったか。
東北楽天の松井稼頭央は、NPBにおいて唯一、本塁打を30本台に乗せたことのある(西武時代の02年=36本、03年=33本)日本人スイッチヒッターである。
低反発の統一球の導入により、今季のプロ野球はホームラン数が激減している。球界全体で前年比マイナス約40%。巨人に至っては前年比マイナス約53%だ。 バットの先っぽでもフェンスオーバーする昨季までの“ホームラン・バブル”には閉口するしかなかった。しかし、いきなり前年比マイナス40%というのはNPB幹部も想定外だったのではないか。
PK戦になると、やにわに姿を消すサッカーの監督には驚いたが、自軍の試合を一切見ない野球のGMがいると知った時の衝撃はそれ以上だった。 その理由が振るっていた。 「自軍のプレーを生で見てしまったら、つい頭に血がのぼって、野球科学を忘れてしまいかねない」。その男にとって野球は「フィールド・オブ・ドリームズ」のような感傷的なものではなく、すぐれて確率的かつ計略的なものなのだ。
主に広背筋のことをボクシングの世界では「ヒットマッスル」と呼ぶ。パンチ力の源とされている。 「ヒットマン」の異名を取ったトーマス・ハーンズ(米国・元5階級王者)にインタビューしたのは、今から21年前のことだ。胸板は薄かったが、脇から背中にかけての筋肉の盛り上がりは尋常ではなかった。
熱戦が続く韓国・大邱での陸上世界選手権。ファイナルに進出できなかったものの、男子400メートルに出場した義足ランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)には大きな拍手が送られた。 周知のようにピストリウスは先天性の身体障害により、生後11カ月で両足のヒザから下を切断する手術を受けた。彼のアスリート生活を支えているのは炭素繊維製の競技用義足。ブレードランナーの異名をとる所以だ。
外で遊ぶ子供が減っているという報告がある。確かに昨今、相撲をとるどころかキャッチボールをする子供にも、とんとお目にかかれなくなった。「三丁目の夕日」の世界は遠のくばかりだ。 そもそも「SPORT」の語源は気晴らしや楽しみ、遊びである。電車の中で携帯電話やゲームに没頭している子供を見ると、「もっと体を動かそうよ」とつい、お節介を焼きたくなる。
懐かしい野球を観た。これぞ迫田穆成の野球である。そして、春夏合わせて計7度の全国優勝を誇る名門・広島商が強かりし頃に得意としていた野球である。
ライバル対決こそは“プロ野球の華”である。日本のプロ野球は沢村栄治が投げ、景浦将が打つことによって始まった。
団体としては初の国民栄誉賞受賞。「なでしこ」の面々と関係者には、心よりお祝い申し上げたい。 震災後、沈滞ムード一色のこの国と国民に対し、粘り強い戦いを通じて、これ以上ないほどの勇気と希望を与えたことを考えれば受賞は当然だ。
リーダーシップからフォロワーシップへ――。「なでしこジャパン」を世界一に導いた佐々木則夫監督はスポーツ界における新しいタイプの指導者と言えるだろう。
乾坤一擲とは、こういうことを言うのだろう。1−2で迎えた延長後半12分だ。キャプテンマークを付けた澤穂希が宮間あやの左コーナーキックに飛び込んだ。ニアサイドの死角。右足のアウトに引っかけた。ボールはゴール前にいたアビー・ワンバックをかすめ、ゴールネットを揺らした。値千金の同点ゴール。その瞬間、隣近所から一斉に拍手が巻き起こった。時刻は朝の6時過ぎ。皆、息を潜めて、この瞬間を待っていたのだ。
受験生にたとえて言えば“2浪”の末に合格を決めたようなものだ。招致の意向を示したのが1999年だから、長い長い道のりだった。2018年冬季五輪の開催地に決定した韓国・平昌には心よりお祝い申し上げたい。
「言葉使いが全く変わった。入ってきた頃と比べると、別人みたいですよ」。最近、2人のスポーツ選手について、別の関係者から同じ感想を聞いた。ひとりがプロ野球、北海道日本ハムの若き主砲・中田翔。そして、もうひとりがこれから紹介するボクシングのWBA世界スーパーバンタム級王者・下田昭文である。
誰もがトップの座を降りて欲しいと願っているのだが、当の本人には全くその気がない。厚顔無恥。全く困った御仁である。 どこかの国の首相のことを言っているのではない。海の向こう、米大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースのオーナー、フランク・マッコートのことである。
古い資料を調べていて驚いた。今からちょうど52年前の1959年6月25日に後楽園球場で行なわれたプロ野球史上初の天覧試合、巨人―阪神戦の試合時間はわずか2時間10分なのだ。
通算868本塁打の王貞治が初めてホームラン王に輝いたのはプロ入り4年目、1962年のシーズンである。この年、38本塁打を放った王は、それ以降、13年連続でキングの座を独占した。
<私の場合、1500万円で買ったものが3億円で売れた。私はその金が借金の支払いに回るため、表に出してもよかったが、相手が金の出所を突かれたくないという事情もあって裏のままの取り引きにした>(『八百長 ―相撲協会一刀両断』)。自著で年寄名跡売買の実態について赤裸々に述べたのは今は亡き元大鳴戸親方(元関脇・高鉄山)である。当然、税務申告などしていないわけだから、この事案は紛うことなき「脱税」である。
「貧すれば鈍する」ということわざは韓国にもあるのだろうか。 サッカーの韓国プロリーグ「Kリーグ」の八百長問題は泥沼の様相を見せ始めた。5人の選手が逮捕されただけでも一大事なのに、ついに自殺者まで出てしまったのだ。
女性は西日本を代表する織布会社の次女だった。いわゆる深窓の令嬢である。女子大生の身ながら、ひとりで球場にやってきて、投手のボールの角度が、一番よく分かる席に腰かけた。
ノンフィクション作家・最相葉月さんの本を読むまで「絶対音感」なる言葉の意味について詳しくは知らなかった。要するに他の音と比較せず、単独で音名を認識できる能力を指す。これを身につけるにはなるべく早く訓練を始めたほうが有利だと言われている。
「捕手は鍛え方が違う。だから、どのポジションにコンバートされても成功する確率が高いんですよ」。いつだったか千葉ロッテの打撃コーチ金森栄治が、ポロリとこう漏らしたことがある。
昔、ワイドショーに「なっとくいかないコーナー」という名物コーナーがあった。もし、平成の世にもこのコーナーが続いていたら、おそらくスワローズファンの誰かが投書していたはずである。「この記述は納得いかない」と。
「あれは野球の神様が教えてくれたボールなんです」。最初に取材で会った時、なんてロマンチックなことを言う人だろうと思った。言葉の主は、去る21日に他界した元ロッテのエース成田文男である。