外で遊ぶ子供が減っているという報告がある。確かに昨今、相撲をとるどころかキャッチボールをする子供にも、とんとお目にかかれなくなった。「三丁目の夕日」の世界は遠のくばかりだ。 そもそも「SPORT」の語源は気晴らしや楽しみ、遊びである。電車の中で携帯電話やゲームに没頭している子供を見ると、「もっと体を動かそうよ」とつい、お節介を焼きたくなる。
懐かしい野球を観た。これぞ迫田穆成の野球である。そして、春夏合わせて計7度の全国優勝を誇る名門・広島商が強かりし頃に得意としていた野球である。
ライバル対決こそは“プロ野球の華”である。日本のプロ野球は沢村栄治が投げ、景浦将が打つことによって始まった。
団体としては初の国民栄誉賞受賞。「なでしこ」の面々と関係者には、心よりお祝い申し上げたい。 震災後、沈滞ムード一色のこの国と国民に対し、粘り強い戦いを通じて、これ以上ないほどの勇気と希望を与えたことを考えれば受賞は当然だ。
リーダーシップからフォロワーシップへ――。「なでしこジャパン」を世界一に導いた佐々木則夫監督はスポーツ界における新しいタイプの指導者と言えるだろう。
乾坤一擲とは、こういうことを言うのだろう。1−2で迎えた延長後半12分だ。キャプテンマークを付けた澤穂希が宮間あやの左コーナーキックに飛び込んだ。ニアサイドの死角。右足のアウトに引っかけた。ボールはゴール前にいたアビー・ワンバックをかすめ、ゴールネットを揺らした。値千金の同点ゴール。その瞬間、隣近所から一斉に拍手が巻き起こった。時刻は朝の6時過ぎ。皆、息を潜めて、この瞬間を待っていたのだ。
受験生にたとえて言えば“2浪”の末に合格を決めたようなものだ。招致の意向を示したのが1999年だから、長い長い道のりだった。2018年冬季五輪の開催地に決定した韓国・平昌には心よりお祝い申し上げたい。
「言葉使いが全く変わった。入ってきた頃と比べると、別人みたいですよ」。最近、2人のスポーツ選手について、別の関係者から同じ感想を聞いた。ひとりがプロ野球、北海道日本ハムの若き主砲・中田翔。そして、もうひとりがこれから紹介するボクシングのWBA世界スーパーバンタム級王者・下田昭文である。
誰もがトップの座を降りて欲しいと願っているのだが、当の本人には全くその気がない。厚顔無恥。全く困った御仁である。 どこかの国の首相のことを言っているのではない。海の向こう、米大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースのオーナー、フランク・マッコートのことである。
古い資料を調べていて驚いた。今からちょうど52年前の1959年6月25日に後楽園球場で行なわれたプロ野球史上初の天覧試合、巨人―阪神戦の試合時間はわずか2時間10分なのだ。
通算868本塁打の王貞治が初めてホームラン王に輝いたのはプロ入り4年目、1962年のシーズンである。この年、38本塁打を放った王は、それ以降、13年連続でキングの座を独占した。
<私の場合、1500万円で買ったものが3億円で売れた。私はその金が借金の支払いに回るため、表に出してもよかったが、相手が金の出所を突かれたくないという事情もあって裏のままの取り引きにした>(『八百長 ―相撲協会一刀両断』)。自著で年寄名跡売買の実態について赤裸々に述べたのは今は亡き元大鳴戸親方(元関脇・高鉄山)である。当然、税務申告などしていないわけだから、この事案は紛うことなき「脱税」である。
「貧すれば鈍する」ということわざは韓国にもあるのだろうか。 サッカーの韓国プロリーグ「Kリーグ」の八百長問題は泥沼の様相を見せ始めた。5人の選手が逮捕されただけでも一大事なのに、ついに自殺者まで出てしまったのだ。
女性は西日本を代表する織布会社の次女だった。いわゆる深窓の令嬢である。女子大生の身ながら、ひとりで球場にやってきて、投手のボールの角度が、一番よく分かる席に腰かけた。
ノンフィクション作家・最相葉月さんの本を読むまで「絶対音感」なる言葉の意味について詳しくは知らなかった。要するに他の音と比較せず、単独で音名を認識できる能力を指す。これを身につけるにはなるべく早く訓練を始めたほうが有利だと言われている。
「捕手は鍛え方が違う。だから、どのポジションにコンバートされても成功する確率が高いんですよ」。いつだったか千葉ロッテの打撃コーチ金森栄治が、ポロリとこう漏らしたことがある。
昔、ワイドショーに「なっとくいかないコーナー」という名物コーナーがあった。もし、平成の世にもこのコーナーが続いていたら、おそらくスワローズファンの誰かが投書していたはずである。「この記述は納得いかない」と。
「あれは野球の神様が教えてくれたボールなんです」。最初に取材で会った時、なんてロマンチックなことを言う人だろうと思った。言葉の主は、去る21日に他界した元ロッテのエース成田文男である。
「日本で一番高い山は富士山。では2番目に高い山は?」。この春、ある企業の社員研修に講師として呼ばれた。冒頭、営業部長が若い社員に問いかけた。答えが返ってこない。頃合いを見計らって部長は語気を強めた。「皆さん、あまりご存じないでしょう。実は北岳という山なんです。富士山が3776メートル、北岳が3193メートル。人々が記憶しているのは何でもナンバーワンだけ。そう、ナンバーツーじゃ意味がないんです」。妙に説得力があった。
「ネバー・ギブ・アップ」。言うは易し、行うは難しだ。9回、狙いすました左ストレートで6度目の防衛を果たしたWBC世界スーパーバンタム級王者・西岡利晃。「不屈」という言葉が彼ほど似合う男はいない。
江戸が火の海に包まれたのは今から354年も前のことだ。旧歴の1月、北西からの強風にあおられ、まちの6割以上が焦土と化し、10万人を超えると言われる人命が失われた。明暦の大火、俗に振袖火事と呼ばれている。
プロ野球史に残る名勝負といわれる1979年の広島対近鉄の日本シリーズ第7戦。世にいう“江夏の21球”で広島が4対3で近鉄を振り切り、球団史上初の日本一に輝いた。
大震災が起きた日、私は京都にいた。ボクシングの元OPBF東洋太平洋バンタム級王者・村田英次郎(現エディ・タウンゼントジム会長)を取材するためだ。大阪府高槻市のジムから最寄り駅まで車で村田に送ってもらい、そこから京都に出た。地震の発生を知ったのは京都駅のプラットホームだった。
東京ヤクルトのスカウト(東北・関東地区担当)八重樫幸雄は地震が発生した時、センバツに出場する東北高のグラウンドにいた。「もう立っていられなかった。踏ん張ろうにも踏ん張れない。練習はすぐ中止になりました。あいにく雪も降り始めた」。 母校・仙台商高の先輩の車中で2晩過ごした。「(地震発生から)2日間は携帯も全くつながらない。やっと3日目、家族と携帯メールで連絡がとれた。球団にも無事を伝えました」
昨季14勝(7敗)をあげた北海道日本ハムファイターズのサウスポー武田勝のスライダーは右バッターの懐めがけて猛禽のように襲いかかってくる。巨人の坂本勇人によると、外に向かっていたボールが急に角度を変え、ジャックナイフのように懐をえぐるというのだ。それとは別にホームベースの外からアウトコースめがけて切れ込ませるものもある。