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西本恵「カープの考古学」第20回 カープ初代監督・石本秀一物語その十 米遠征総仕上げ。ハワイ3戦全勝で締めくくり

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 アメリカでの邦人チームとの試合を8勝2敗3分で終え、昭和6年8月22日、サンフランシスコの港を出た広島商業(以下、広商)野球部一行が次に向かったのはハワイである。ハワイへの船旅は7日間に及んだ。石本
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西本恵「カープの考古学」第19回 カープ初代監督・石本秀一物語その九 人生初体験ばかりのアメリカ遠征

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 広島商業(以下、広商)は昭和4年と5年の夏の甲子園大会で優勝し、さらに昭和6年春も制覇した。そのセンバツ大会優勝の褒賞旅行としてアメリカ遠征が与えられ、遠征中は日本からの移民が多かった西海岸沿いの都
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二宮清純「ポスト緒方を考える」

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 監督は大きく2つのタイプに分けられる。育成型と勝負師型だ。前者の典型が大毎、阪急、近鉄と3球団でリーグ優勝を果たした西本幸雄(故人)だ。厳しい指導で無名の選手を育て上げた。 しかし、日本一は一度もな
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西本恵「カープの考古学」第18回 カープ初代監督・石本秀一物語その八 米遠征の過密日程で見せた石本野球の極意

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 前回に引き続き、石本秀一監督率いる広島商業(以下、広商)ナインのアメリカ道中の話である。石本と広商一行は昭和6年7月21日から、約1カ月半に渡る北米遠征を行い、試合漬けの日々を送った。明治、大正の時
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西本恵「カープの考古学」第17回 カープ初代監督・石本秀一物語その七 石本、アメリカに立つ!

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 石本は母校・広島商業(以下、広商)野球部の監督を務め、4度の全国優勝を飾り、広商の名声を全国に広め、名実共に日本一の監督となった。この昭和6年春、中等野球選抜大会(甲子園)を制覇した際、広商野球部に
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二宮清純「戻ってきた“ハラハラ魔神”」

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“大魔神”の異名で恐れられた元横浜のクローザー佐々木主浩が全盛期の頃の話である。当時の巨人監督・長嶋茂雄は「ベイとやる時は8回まで」と事あるごとに語っていた。それまでに攻略しなければ、勝ち目はない、と
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西本恵「カープの考古学」第16回 カープ初代監督・石本秀一物語その六「広商黄金期を築き、アメリカ遠征へ!」

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 石本が野球において神の境地といえるものを感じられるようになり、試合を左右する目に見えない何かを求めるようになったのは、広島商業(以下、広商)の選手時代から監督時代を通じてであった。野球の神様が微笑む
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二宮清純「押してもダメなら、引いてみな」

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 交流戦は5割で乗り切れば御の字と考えていたが、まさか5勝12敗1分けとは……。勝率2割9分4厘。 それ以上に誤算だったのが、交流戦中の貧打である。交流戦がスタートするまで、カープはリーグ2位の打率2
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