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カープ・アイ

西本恵「カープの考古学」第52回<カープ飛躍の契機、後援会設立編その2/一難去ってまた一難、開幕戦の相手不在!?>

 広島カープの存続が決まったのは、初代監督・石本秀一の妙案である後援会構想により、資金を県民市民一人ひとりから集めることで、経営面での活路が見出せたからだ。さらに、2年目のシーズン前、「春の野球祭」と
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西本恵「カープの考古学」第51回<カープ飛躍の契機、後援会設立編その1/プロ野球初の後援会、広島県庁で産声>

 1年目のシーズンを終え、2年目に入ったカープだったが、球団としての問題は山積みであった。差し迫った問題としては、阪神甲子園球場で開催される「春の野球祭」と呼ばれる大阪トーナメント大会に参加する遠征費
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西本恵「カープの考古学」第50回<カープ二年目の解散の危機編その5/大洋と合併か――土壇場の逆転劇と後援会構想>

 カープ球団存続へ最大の危機が訪れたのは、2年目のシーズン開幕が迫った昭和26年3月とされている。この前兆ともいえる、カープの危機はたびたび起こる。前年のシーズン終盤、観音地区にあった三菱の選手寮から
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西本恵「カープの考古学」第49回<カープ二年目の存続の危機編その4/遠征費なし、親会社なし…開幕前は紅白戦ばかり>

 カープ球団は2年目のシーズンを前に、やっていけるのだろうかという、経営陣の不安があった。しかし、広島県内の各地に出掛ければ、ファンは大喜び。試合後には、選手らを歓待し、普段、選手寮ではなかなかありつ
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西本恵「カープの考古学」第48回<カープ二年目の解散の危機編その3/郷土の支えで満たされた選手の胃袋>

 原爆という悲運にさらされた広島において、親会社のない環境下で生まれたカープの最初のシーズンオフは、散々な日々であった。試合がないため興行収入が上がらず、選手の給料はおろか、食べるものにも事欠くありさ
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西本恵「カープの考古学」第47回<カープ二年目の解散の危機編その2/親会社のない悲運。身売り先探しの奮闘>

 カープ球団は2年目のスタートにあたり、親会社を探し回り、なんとか他球団のように経済面で不安のない体制を築こうと奔走した。 最初の交渉先は、寿屋サントリー(現サントリーホールディングス)で、以前からプ
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西本恵「カープの考古学」第46回<カープ二年目の解散危機編その1/”盲目の議長”カープ救済に奔走>

 カープ創設の最初のシーズンを戦い終えたカープナインにとって、昭和25年の年の瀬はもう一つの戦いが続いていた。前回のカープの考古学で記した球団に対する「給料支払い願い」のことだ。 年の瀬の金策 親会社
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西本恵「カープの考古学」第45回<カープ初年度の苦難編その8/選手が団結。給料”支払い”求め、立ち上がった>

 カープは球団の組織を株式会社化することで、なんとかプロの球団としての体裁を整えた。これが昭和25年9月3日。シーズンも終盤に入ってのことだった。 肝心の試合は連敗続きだったが、株式会社と体制を整えた
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西本恵「カープの考古学」第44回<カープ初年度の苦難編その7/株式会社誕生。その喜びもつかの間…>

 カープは郷土広島の県民市民チームであり、かつ、プロ野球チームとして、地元広島県に根ざし、すべての県民市民が支えるチームであると、高邁な理想を掲げてスタートした。出資は広島県や広島市をはじめ、呉市、福
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西本恵「カープの考古学」第43回<カープ初年度の苦難編その6/選手集めと資金集めの謎>

 カープ創設1年目のシーズン中に、二軍選手が一斉に大量解雇となったことは、前回でお伝えした。資金が回らない球団にあって、試合に出場しない選手を大量に抱えておくことはできなかったのだ。先の見えない球団運
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