金子達仁

Jの“ドーハの悲劇”となった鳥栖VS浦和

 もし本当に「サッカーの神」なるものが存在するとしたら、彼(彼女?)は大ベテランの審判なみのバランス主義者である。  93年のドーハで、日本人は足元の地面が突然消滅するほどの衝撃を味わった。4年後にはジョホールバルですべての感情が沸騰してしまうほどの歓喜を味わった。強烈な鞭(むち)で日本人を叩きのめした神は、手のひらを返すかのごとく極上の贈り物を与えてくれたのである。あたかも、一方にPKを与えたベテランの審判が、後の判定でバランスを取ろうとでもするように。

日本は国内の親善試合に慣れすぎた

 日本代表にとっての14年が終わった。“あがり2試合”を勝利で飾ったことで、ざわつき始めていたアギーレ監督の周囲も、ひとまずは静けさを取り戻すことだろう。  ただ、振り返ってみると、ブラジル戦の直前に行われたジャマイカ戦も、内容的にはそれほど悪いものではなかった印象がある。決定力不足を嘆く声があったのはわからないでもないが、それは、世界のどこの国でも同じこと。どれほどのスーパーチームであっても、決定力でファンを完全に満足させたことはない。重視すべきは、チャンスを決める能力ではなく、つくる能力だとわたしは思う。

レッズVSガンバ 久々に胸躍る首位決戦

 いまとなってはいささか信じられない気もするが、8カ月前の開幕時、大阪の、いや日本の注目を一身に集めていたのはセレッソだった。柿谷を始めとする若手の成長に加え、フォルランという世界のビッグネームを獲得したことで、近年のJリーグでは珍しい、コアなファン以外からも注目を集める存在になっていた。

野球場ほどの進化ない日本のサッカー場

 ドイツのスタジアムは日々進化と変化を続けている。トイレの数が増えたスタジアムがあれば、場内での支払いがすべてプリペイドカードになったところもある。それに比べて、なぜ日本のスタジアムは劣化を重ねていくだけなのか――以前、そんなことを書いた記憶がある。

ヴェルディ“緑の復権”はまだ間に合う

 サッカーにおいて、優劣を決定づける要素とはなんだろうか。選手の才能?もちろん。監督の能力? 当然。チームの資金力? ますます重要になってきている。では、いまあげた3つの要素ですべて優位にある側は、そうでないチームを簡単に粉砕することができるのか。大概は、できる。だが、例外もある。そのことを思い知らされた、先週末のブンデスリーガだった。

画期的なアギーレ流マッチメーク

 ここまでのところ、満足のいく試合内容を見せてくれていないアギーレ体制下の日本代表だが、感心させられていることもある。  そのマッチメークに。  新監督の就任初戦はウルグアイだった。次がベネズエラで、今度の金曜日がジャマイカ、そして来週はシンガポールでブラジルと戦うことになる。つまり、南米、南米、中米、南米と、メキシコ出身のアギーレ監督が熟知しているエリアの相手との試合が続くのである。

フロント多様化へ 鳥取・岡野GMに期待

 何年ぶりかでブンデスリーガのコメンテーターをやらせていただくことになった。久しぶりに本腰を入れて見るようになって、あらためてこのリーグのレベルアップぶりに驚かされている。  10年ほど前のブンデスリーガは、正直、退屈な試合の方が多いリーグだった。スペインのような創造性はなく、プレミアのような華もない。ゴラクとしてならば全盛期の磐田の方がはるかに上、と思った記憶さえある。

謎の“センターライン重視”脱却必要

 今は死語なのかもしれないが、子供の頃「ライパチ」という言葉があった。ライトで8番。草野球の世界では一番の下っぱ。3番サードや4番ファースト、あるいはエースを張る者に比べれば、チーム内のヒエラルキーは下の下だった。  ひょっとして、似たようなことが日本のサッカーでもあるのではないか――突如としてそんな考えにとりつかれてしまった。日本がなかなか世界で勝てない要因の一つも、そこにあるのではないか、と。

錦織圭の偉業は日本の手柄ではない

 悔しすぎて、言葉がない。「人生で最悪の経験、それはW杯の決勝で負けることだ」と言ったクライフの言葉を思い出した。もともとさしたる関心もなく、再び関心を失っていく人たちは「残念」で済むのだろうが、敗れた本人や彼を支えてきた人たちの無念さたるや、いかばかりか――。もちろん、テニスの全米オープンについての話である。

断言しよう 今季、香川は爆発する

 元阪神タイガースの八木裕さん、亀山つとむさんが絶句したのを覚えている。 「こら、すごいわ」  お二人を驚嘆させたのは、ドルトムントの本拠地、ベストファーレンのゴール裏だった。そこだけで2万7000人を収容すると言われている巨大なスタンドは、確かに、甲子園のアルプスでさえかすんでしまうほどの迫力がある。

変化を“拒む”欧州で変化し続けるサッカー

 ミラノ在住の知人に言われたことがある。 「この国では、家庭の食卓に出される食事が、数百年前とほとんど変わってないんですよ」  確かに、イタリア人が最も愛する食事は“マンマのパスタ”だというのはよく聞く話である。魚から肉へ、米からパンへと時代によって食生活を大きく変えてきた日本人とは、なるほど、ずいぶんと違う。

米国に学べ スタジアムの快適性と先進性

 世界1位の経済大国における5番目のスポーツと、3位の国における2番目のスポーツ。観客動員で世界9位の国と12位の国。大差はないように見える。あるはずがないようにも思える。けれども、両者の間には途方もないほどの差が生まれ、いまなおその格差は開きつつある。米国と日本のサッカー環境について、である。

Jから失われた「サッカーは興行」という哲学

 メッシが出現する以前の「世界最高のスター」と言えば、多くの人が彼の名前をあげたはずである。  ロナウジーニョ。  母国ブラジルに戻ってプレーしていた彼がアトレチコ・ミネイロを退団するというニュースを聞いた。年齢からして引退なのかと思ったが、「彼は42歳までプレーする」という代理人のコメントも紹介されていた。

ブラジルの苦い惨劇が良薬になるとは限らない

 良薬は、苦い。それはわかる。ならば、苦いものは、良薬なのだろうか。いまだかつて味わったことがないほど苦い薬は、空前絶後の効果が期待できる薬なのだろうか――。  初めてセルジオ越後さんにお目にかかった20数年前、どうしても聞きたいことがあった。74年7月3日、クライフが宙を飛んだあの試合を、越後さんはどう見たのか。

協会の見切り発進は現場に深刻な衝突生む

 今年の春、フィリップ・トルシエはマレーシア代表監督にほぼ内定していた。  金銭的な条件に問題はまったくなかった。何しろ、昨年FC琉球から月15万円程度しかもらえていなかったマレーシア人選手を、年俸3000万円で引き抜いていく経済力がかの国にはある。スタッフの顔ぶれについても、ほぼすべて要求は通っていたという。

爆発的な歓喜も、絶望的な痛みも日本を強くする

 実を言えば、いままでで一番ドキドキしている。  初めて日本がW杯に出場した98年の時は、あの舞台にたどり着いただけで感無量になってしまっている自分がいた。なので、もちろん頑張ってほしかったし、勝ってもほしかったけれど、勝てるはずがないと思っていた部分があった。

「世界一」という意識の共有こそ本田最大の功績

 すごく日本人になってるな、と思った。おかしな表現で恐縮だが、コスタリカ戦での本田を見た率直な印象である。  本田はもちろん日本人だが、誰よりも自分自身の中に潜む日本人の欠点と戦ってきた男でもある。国際会議における日本人はスマイル、サイレンス、スリープの3Sだ、などと揶揄されることがあるが、本田は違う。会議はともかく、サッカーの世界ではそれでは勝てないことを、彼はよく知っている。だから、彼は中村俊輔からFKを奪い取ろうとしたし、W杯の目標は優勝であるとは公言もしてきた。

震災をきっかけに灯った「日本人」であることの誇り

 ポルトガル語でEstamos japones。英訳すればWe are Japanese。この言葉の持つ意味が、ずいぶんと変わった4年間だったように思う。  4年前まで、サッカーの世界において「わたしたちは日本人である」というのは言い訳の材料でしかなかった。日本人だから、できない。日本人だから、仕方がない。日本人だから、運動能力で勝てない。チーム作りの根っこにあったのは、「自分たちにはできない」という劣等感だった。

W杯決勝で見てみたいドイツ対日本

 63年ぶりの大決戦となったリーガ・エスパニョーラは、開幕前はノーマークに近かったAマドリードの優勝で幕を閉じた。ハルがつかみかけた伝統のFAカップは土壇場でアーセナルの手許へと渡り、ハンブルクは値千金のアウェーゴールによって、2部に落ちたことがないというチームの歴史を辛くも守った。

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