金子達仁
自分が点を取らないで1−0で勝つより、ハットトリックをして3−4で負ける方がいい――そう断言できる性格だったからこそ、釜本邦茂はゴールを量産することができた。ストライカーと呼ばれる人種にとって、ゴールとは生きがいであり原動力である。逆に言えば、ゴールから遠ざかってしまったストライカーは、他のポジションの選手がまず味わうことのない、追い詰められた精神状態に置かれることになる。
場所は、サンパウロからクルマで3時間ほど走ったところにある小洒落たワインバーだった。最初の質問に対する答えを聞いて、「このインタビューはダメだ」と思った。
運命の最終節が迫ってきた。J1では優勝をかけた三つ巴の戦いが、何の因果かすべてアウェーゲームで行われ、J2では昇格残り1枠をかけ、同勝ち点で並ぶ札幌と徳島が最後の力を振り絞る。待ち受けているのは歓喜か、それとも絶望か。ファンにとっては忘れえぬ週末となることだろう。 勝つのは、どこか。
バーレーンは野蛮だった。彼らは山田の顔面を踏みつけたプレーを故意ではなかったと強弁するかもしれないが、避けようとする気配がまるでなかったのも事実である。頭を踏むという行為は、格闘家であっても躊躇することがあるというのに、である。退場を宣告したイラン人主審の判断は、まったくもって妥当だった。
11月15日は横田めぐみさんが拉致されたとされる日でもあった。そんな日に、日本と北朝鮮がサッカーで対決する。決して少なくはない日本人サポーターが、北朝鮮に入国する。横田さんご夫妻はさぞ複雑な心境だったのではないか、と思う。 にもかかわらず、横田滋さんは「スポーツと政治は別物」と言い切られた。サッカーに携わる人間の一人として、まずそのことに深謝したい。
ロスタイムには、魔力がある。 全試合時間におけるほんの数%にしかすぎないこの時間帯に起きた出来事は、ほぼ終わりかけていた試合の印象をすべて塗り替えてしまう。時に劇的に、そして時に残酷に。
第1回のトヨタ杯で来日したノッティンガム・フォレストは、いわゆる“三段跳び”で話題を呼んだチームでもあった。 1段目はイングランド2部(当時)優勝、2段目は現在のプレミアにあたる1部での優勝、そして3段目は、欧州チャンピオンズ杯での優勝である。残念ながら、4段目となるトヨタ杯ではウルグアイのナシオナル・モンテビデオの前に屈してしまったが、1シーズンごとに頂点を究めていった彼らの躍進は、イングランド・リーグの層の厚さを証明するものでもあった。
両チームのサポーターは、すでに気もそぞろの状態かもしれない。負けていい試合、カップ戦などあるはずもないが、今回のナビスコ杯は、今季初のタイトルである。世紀を超えて語り継がれることになるあの大災害の年のタイトルである。サッカー界という枠を超えて、多くの人に記憶されるであろうタイトルである。アントラーズとレッズ、両チームにとっては、絶対に負けられない、クラブ史に残る決戦となる。
連日、タイの大洪水にまつわるニュースが大きく取り上げられている。その際、改めて言われているのがタイと日本の経済的な結びつき、関係性の深さである。どうやら、タイにとっても日本にとっても、互いの存在は不可欠といえるレベルにまで高まっていたらしい。 そろそろ、同じことがサッカー界にも起きていい。
先週の土曜日、天皇杯でJFLの松本山雅が横浜FCを破ったというニュースは、一般紙でもかなり大きく扱われた。大宮を破った福岡大の大殊勲も、新聞休刊日でなければもう少し大きく取り上げられていたことだろう。番狂わせこそはカップ戦最大の醍醐味であり、番狂わせにはニュースバリューがある。
現在のバルセロナにつながるサッカーの源流は、70年代のアヤックスとオランダ代表によって作られたといっても過言ではない。 リヌス・ミケルスが編み出し、ヨハン・クライフによって具現化された新しいスタイルは、武将の一騎打ち的な要素を持っていたそれまでのサッカーを、セピア色の思い出へと変えた。たっぷりとした時間と空間の中で思う存分に才能を発揮してきたブラジルの芸術家たちは、“ボール狩り”と呼ばれた集団歩兵戦法によって圧殺された。
J1だけで行われていた大会にJ2も加えようというナビスコ杯の変更案が、一度は決まったかに思われたものの、再び振り出しに戻ったという。 変更案を全面的に支持したというJ2側の論理も、反対したクラブが多かったというJ1の立場もわかる。J2側からすれば、目下のところ天皇杯で勝ち進むことでしか実現しないJ1勢との対決が、定期的に行えることになる。観客動員で大苦戦しているクラブが多いJ2にとっては、起死回生にも近いアイデアに見えることだろう。
開始15分間のサッカーにはいささか度肝を抜かれた。出し手、受け手に加えて第三の選手が攻撃にからむ。結成当時、永井の速さ以外に武器が見当たらなかったチームは、どこからでも決定的な形をつくれる集団に変貌を遂げていた。早い時間帯で先制点を奪えたことで、そこからはペースとレベルを落としてしまったものの、いい時間帯のサッカーは、これならば五輪でもメダルが狙えると確信させてくれるものだった。
まずは、ロンドン行きのチケットを獲得したなでしこたちに拍手を贈ろう。明らかに力の落ちる相手だったタイとの初戦をも含め、自分たちの良さを出せた試合、時間帯はほとんどなかった。特に、韓国、北朝鮮戦などは黒星がついていてもおかしくない内容だったが、終わって見れば周囲が期待した通りの首位通過である。さすがというしかない。
アジア杯準決勝の韓国戦は、ザッケローニ監督にとって教訓に満ちた試合だった。あの試合で、彼はイタリア人と日本人の基本的なメンタリティーの違いを理解した。時に専守防衛をも美学とするイタリアの常識が、日本では必ずしも常識ではないことを学び、以後、カテナチオの信奉者が見たら卒倒しかねない攻撃的なスタイルに重心を傾けてきた。あの試合は、間違いなくザッケローニ体制にとってのターニング・ポイントだった。
週末のJリーグで素晴らしいゴールを決めた柏の田中順也が日本代表に招集された。おそらくは、当の本人以上に周囲の仲間の方が驚き、興奮しているのではないか。それまで代表に縁のなかった選手であっても、内容と結果を残せばすぐにチャンスが与えられる。柏の選手たちは、その実例を目の当たりにしたからだ。当たり前のようで、長く日本のサッカー界では当たり前でなかったことが、ついに当たり前になりつつある。
アンジ・マハチカラ? わたしは知らなかった。どこの国の、どんなチームなのか、まるで知らなかった。ロシア連邦の中にあるダゲスタン共和国? タジキスタン、ではなく?
ロンドンを目指すなでしこと五輪代表の予選が始まる。ザッケローニ監督が“ブラジルでのファイナリスト”という壮大な目標を掲げたA代表の戦いも始まる。9月は、日本サッカーにとって大きな意味を持つ戦いが目白押しである。 これまで、日本サッカーにとっての予選とは、世界中の圧倒的多数がそうであるように、結果のみが求められる舞台だった。内容は二の次。とにかく勝てばいい。どれほど乏しい内容であろうとも、勝てばすべてが許される。選手や関係者だけでなく、ファンやメディアの中にも、そして私自身の中にも、そうした感情があった。
人間とは、サッカー選手とは、そしてチームとは、かくも短期間に、かくも大きな変貌を遂げることができるのか。わずか1年と少し前、手も足も出ずに、いや、出そうともせずに敗れた選手たちは、完膚なきまでに宿敵を叩きのめした。韓国に勝つ日本を見るのは初めてではないが、こんなにも強く、美しく、翻弄して勝つ日本を見たのは生まれて初めてである。見事な、本当に見事な勝利だった。
贈る者と贈られる者。両者の間に存在する意識のギャップが何とも面白い。贈る側は、贈られる側が達成者でありゴールにたどりついた者だと考えている。言ってみれば、締めくくりのセレモニー。美しい物語の盛大なエピローグ。
道具か、権利か。 日本人にとって、長い間スポーツは道具だった。国威発揚のための道具、企業や学校の知名度アップのための道具。なにかイベントがあるたびにすぐ経済効果が言われるのは、スポーツを景気刺激のための道具と見る人が多いからだろう。
男子のW杯はなぜ世界を熱狂させるのか。W杯だから、ではない。大会初期は、熱狂どころか、参加することに意義を見いだせない国が圧倒的だった。少数の国によって争われる関心の低い大会――それが20世紀初頭のW杯だった。
どうか、なでしこが決勝進出を果たしていますように! ニュースやらワイドショーやらが大変な騒ぎになっていますように! 祈るような気持ちでパソコンに向かっている。
メキシコでU-17日本代表が受けた「バルセロナのようだ」という賛辞が、ドイツで戦う女子日本代表にも向けられているという。震災に対する同情や、日本製品の緻密なイメージなども無関係ではないのだろうが、結果だけではなく、内容でも評価されるのは嬉しいことである。
まずは、W杯初戦に勝利した女子代表に拍手を送りたい。彼女たちが展開したのは、「日本人にはできない。ゆえにこうするしかない」というリアクションサッカーではなく、「日本人にはできる。ゆえにこうする」という哲学に基づいた魅力的なサッカーだった。ボールを持っていない選手の動きの質と意識の高さは、ひょっとするとJ1のかなりのチームよりも上かもしれない。