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近年の日本バドミントン界の女子ダブルスは、多士済々である。一世を風靡した“オグシオ”こと小椋久美子&潮田玲子組、北京五輪4位の“スエマエ”こと末綱聡子&前田美順組、ロンドン五輪銀メダリストの“フジカキ”こと藤井瑞希&垣岩令佳組……。日本ユニシス実業団バドミントン部女子チームに所属する橋礼華&松友美佐紀組の“タカマツ”も、その系譜に名前を刻もうとしている。2人がペアを結成したのは、聖ウルスラ学院英智高校時代に遡る。
「勝たなきゃいけない試合。でも、ここがゴールじゃない。それ以上を求めていました」 男子史上初の全日本ラクロス選手権5連覇を成し遂げたFALCONSのMF長谷川玄はそう言い切った。元来はお調子者。勝利に沸き、はしゃいでもおかしくはない。試合終了の笛が鳴り、優勝が決定した瞬間、長谷川は淡々とヘルメットを脱いだ。決して、うれしくないわけではない。ただ、目先の勝利だけではなく見据える未来がある。
その経歴は枚挙に暇がないほど、華やかである。日本ユニシス実業団バドミントン部女子チームに所属する松友美佐紀は、小中高のシングルスすべてで日本一を経験している俊英だ。高校時代から組んでいる1学年先輩の橋礼華とのダブルスは、今や日本のトップクラスどころか、世界でも指折りの存在となりつつある。そして松友はバドミントンの実力もさることながら、頭脳明晰である。中学3年時の内申はオール5、高校3年時の最後の成績もオール5だった。「天は二物を与えず」ということわざがあるが、美女アスリートと言われる彼女に、天は二物も三物も与えていた。
5月4日、ラスベガスMGMグランドガーデン・アリーナ WBC世界ウェルター級王座統一戦 王者 (43勝(26KO)0敗) vs. 暫定王者 (31勝(18KO)1敗1分) “現役最強ボクサー”の呼称を欲しいままにしてきた無敗の5階級制覇王者、フロイド・メイウェザーの次戦が正式決定した。 5月4日、場所はメイウェザーにとって本拠地と呼んでいいラスベガスのMGMグランドガーデンで、対戦相手は現WBC世界ウェルター級暫定王者ロバート・ゲレーロ。昨年5月にミゲール・コットに判定勝ちしてから、メイウェザーにとってちょうど1年ぶりのリング登場ということになる。
愛媛での“修行”を終え、2008年、広島に復帰した森脇はミハイロ・ペトロヴィッチ監督に、レベルアップした姿を見出される。センターバックとして起用され、21試合で5ゴール。J2優勝に貢献した。J1に戦う舞台が変わっても、クラブ内で確固たるポジションを占めた。プロ1年目で感じた厚い壁を完全に突き破っていた。
2月のある日、日本自転車普及協会にて、「日本人がツール・ド・フランスに勝つためには」という題目の自転車セミナーが開催された。これが5年前なら、「日本人がツール・ド・フランスに出るには」となっていたところだ。それほどここ数年の日本人選手の活躍は目覚ましく、我々の常識を打ち破ってくれているということだろう。そんな少々、上段から構えたセミナーではあったが、その内容は講師が自転車競技の最前線で活躍しているエキップアサダ監督兼代表の浅田顕氏、宇都宮ブリッツェン監督の栗村修氏ということもあり、なかなか興味深いものだった。
ジャンプ、大回転、クロスカントリー、モーグル……多くのスキー種目のなかで、フリースタイルスキーの「スロープスタイル」は、次々とアクロバティックな演技が繰り出されるエンターテイメント性の高いスポーツだ。来年に迫ったソチ五輪で新たに採用される種目のひとつで、大久保亜弥はソチ五輪出場を目指す同競技の女子日本代表である。
2006年、森脇はサンフレッチェ広島から2人のチームメイトとともにJ2の愛媛FCへ期限付き移籍した。一緒に四国にやってきたのは、MF高萩洋次郎、FW田村祐基。注目を集めたのは各年代で代表にも選出されていた高萩だ。広島でも司令塔として将来を嘱望されていた逸材だった。 「高萩が愛媛に来ると聞いて、そんないい選手が来るんやと思いました。でも……森脇のことは正直、よく知りませんでしたね」 当時の愛媛のある選手は率直な感想をそう漏らす。
元日本スーパーウェルター級王者、現東洋太平洋同級王者のチャーリー太田にとって、約1年ぶりとなる故郷ニューヨークでの試合が決まった。 2月21日、マンハッタンのローズランド・ボールルームでチャーリーが迎え撃つのは、元アマのアラスカ王者アベル・ペリー。身長180cm、リーチ198cmという恵まれた体格のペリーは、アマ戦績84勝6敗と豊富な実績を誇る。しかし、34歳にしてプロ戦績は18勝(9KO)6敗ともうひとつで、すでに底を見せた選手であるのは確かだろう。
明るいムードメーカーで“太陽の男”と呼ばれる森脇だが、決して最初から日の当たる場所にいたわけではなかった。 「正直、サッカーはヘタクソでしたよ」 本人もそう少年時代を振り返る。
10日、女子アイスホッケーのソチ五輪世界最終予選がスロバキア・ポプラトで最終日を迎え、C組の日本代表(世界ランキング12位)はデンマーク代表(同19位)に5−0で完勝し、ソチ五輪への出場権を獲得した。 日本の五輪出場は長野五輪以来、4大会ぶり2度目。予選突破は初の快挙となった。この試合に勝てばグループ1位となり、ソチ行きが決まる日本は第1ピリオドに2点を先制。第2ピリオドに2点、第3ピリオドで1点を加点する。守ってはデンマークの反撃をしのぎ切り、零封した。
母国での戦いながら気分はアウェーだった。 2012年12月16日に行われた格闘技大会「GLADIATOR49」(ディファ有明)。プロ格闘家・松田干城は日本のリングに初めて立った。米国ボストンを拠点にしている26歳はここまで総合格闘技で10戦7勝(3KO)をあげ、米国のローカルタイトルながらバンタム級のチャンピオンベルトを持っている。しかし、日本では全くと言っていいほど、その名は知られていない。観客がどんな反応を示すのか、実際に登場してみなければ分からなかった。
あの日、スタジアムは真っ赤に染まっていた。 2007年11月28日、さいたま市浦和駒場スタジアム。天皇杯4回戦でJ1の浦和レッズがJ2の愛媛FCを迎えていた。この年、浦和はAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を初制覇。田中マルクス闘莉王(現名古屋グランパス)、鈴木啓太、長谷部誠(現ヴォルフスブルク)らがスタメンに揃っていた。
NBAの2012−13年シーズンも後半戦に突入――。すでに全30チームが41戦の折り返し地点を過ぎ、今季の勢力地図がうっすらと見えてきた感もある。 昨季王者マイアミ・ヒートは2連覇を果たすのか、MVP候補に名乗りを挙げるのは誰か、そして出遅れたロスアンジェルス・レイカーズとボストン・セルティックスはどんな方向に進んでいくのか……など、今回は後半戦の見どころを探っていきたい。
「バッター1本でやっていきたいんですけど……」 高校卒業後、杉本裕太郎は青山学院大学に進学し、野球部に入部した。大学側はピッチャーとして期待を寄せていたが、杉本の心は違っていた。既にピッチャーとしての自分の限界を感じ、逆にバッターとしての可能性を感じていたのだ。入部するとすぐに、杉本は監督に直訴し、バッターに転向した。そして、この勇断こそが今、彼を次なるステージへと引き上げようとしているのだ。
: 高2の夏、いよいよ本場のヨーロッパでのレースに参戦します。肌で実感した世界のレベルは? : 確かに日本とは全くレベルは違いましたが、意外と“いけるかもしれない”と感じたレースになりました。最初は完走が目標だったのに、最終的には最後のゴール前の争いでミスをしなければ、結構、上位に食い込むことができたんです。もっと練習して、経験を積めば、世界と戦える。自分に自信が持てたレースになりました。
2008年12月1日。徳島商業高校の野球部グラウンドでは、翌シーズンに向けての練習が始まろうとしていた。新人戦、秋季大会と満足のいく結果を残すことができず、最終学年となった杉本裕太郎たちにとっては、甲子園へのチャンスは残り1度限りとなっていた。ミーティングを終え、いつものようにランニングを始めようとした、その時だった。 「監督、ちょっと目の調子が悪いんです」 そう訴えたのは、杉本の無二の親友であり、バッテリーを組んでいた原一輝だった。 「どうしたんだろう……」 杉本は心配になったが、それほど大事には考えていなかった。原はすぐに病院へと向かった。そして、翌日から原はグラウンドではなく、病院のベッドの上で過ごすことになったのである。
代々木第一体育館で行われた全日本卓球選手権は20日、最終日を迎えた。男子シングルス決勝では丹羽孝希(青森山田高)が水谷隼(beakon.LAB)を4−3(11−8、3−11、8−11、9−11、11−7、11−5、11−9)で破り、初優勝を果たした。丹羽は男子ダブルスとの2冠となった。女子ダブルスは、藤井寛子、若宮三紗子(日本生命)組が小野思保、森薗美咲(日立化成)組をストレートで下し、史上2組目の4連覇を達成した。
代々木第一体育館で行われた全日本卓球選手権は19日、女子シングルス決勝で福原愛(ANA)が石川佳純(全農)を4−2(6−11、11−7、4−11、11−9、11−8、11−3)で下し、2年連続優勝。男子ダブルスは松平健太(早稲田大学)、丹羽孝希(青森山田高)組が坂本竜介、笠原弘光(協和発酵キリン)組をストレートで破り、2年ぶり2度目の全日本制覇を果たした。
3階級制覇王者バーナード・ホプキンスにとって48度目の誕生日にあたる1月15日、その次なる挑戦が発表された。 通算52勝(32KO)5敗2分1無効試合のホプキンスは、3月9日にブルックリンで無敗のIBF世界ライトヘビー級王者タボリス・クラウド(24戦(19KO)無敗)に挑む。2011年に46歳4カ月で世界タイトル獲得を果たした老雄は、この試合に勝てば自らが持つ最年長王座奪取記録をさらに更新することにもなる。
冬にしては風のない荒川河川敷。早朝こそ冷え込んでいたが、気持ちのいい天気の日曜日に1万人を超える人が走っている。単純に「1万」というけれど1万人の人が一度に動く景色は壮観! ここ数年、満員御礼の「谷川真理ハーフマラソン」は、今年も大勢の参加者で賑わった。
16日、前日に開幕した全日本卓球選手権大会ジュニアの部に続き、一般の部が開幕する。ロンドン五輪に出場した日本代表選手は、福原愛(ANA)、石川佳純(全農)、平野早矢香(ミキハウス)ら全6名が参戦。今年度の総決算となる大会で、全5種目での日本一が決まる。また今大会のシングルス優勝者は5月の世界選手権パリ大会、6月のアジア選手権釜山大会の日本代表に内定する。
県内最多となる春夏合わせて甲子園出場42回を誇る徳島商業高校。甲子園では1947年の春に優勝、58年の夏には準優勝している。過去、プロ野球選手も数多く輩出した県内随一の名門だ。中学3年時に主力のひとりとしてチームを県総体優勝に導いた杉本裕太郎は、その徳島商を当然のように選んだ……のではなかった。当初、彼は実家に程近い小松島高校に進学しようと思っていたという。小松島はその年(2006)の春、01年春、03年夏に続いての甲子園出場を果たしており、21世紀に入って力をつけてきていた。練習を見学した際に感じた明るいチームの雰囲気も、杉本の心をくすぐった。一緒に見学した親友の高島佑も同じ気持ちだった。2人は小松島への進学を決めた。ところが――。
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昨年実施された第2回「マルハンワールドチャレンジャーズ」では、第1回を上回る657名(チーム)のアスリートから応募があった。書類選考を経て、14名(チーム)が8月に都内で開催された最終オーディションに参加。審査員と参加者の投票により、7名のWorld Challengersが選ばれている。今回からはオーディションに残った全選手(チーム)を順番に紹介していきたい。最初に登場するのは14名(チーム)の中から見事、グランプリに輝いた自転車ロードレースの小橋勇利選手(ボンシャンス飯田)だ。この春の高校卒業後、本場ヨーロッパで勝負をかける決意を固めた18歳に、二宮清純が2回にわたってインタビューする。