その他スポーツ

杉本裕太郎(青山学院大学硬式野球部/徳島県阿南市出身)第1回「“おかわりくん”を越えた伝説の一発」

 その存在は、グラウンドの中でもひときわ目立つ。身長189センチの長身スラッガー杉本裕太郎、今年のプロ野球ドラフト候補の一人だ。杉本自身、最も自信があり、こだわっているのがホームランだ。実は彼には、伝説となったホームランがある。小学校から無二の親友であり、高校までチームメイトだった原一輝は、高校2年の秋、杉本が描いた放物線を忘れることができない。

第235回 イチロー残留もヤンキース危うし?

 12月19日にヤンキースと2年1300万ドル(約10億9000万円)で再契約し、イチローは今季もピンストライプのユニフォームを着て活躍することになった。  昨季は移籍後、水を得た魚のようだったヒット・マシーンの活躍に興奮した日本のファンはもちろん楽しみだろうし、イチローと相思相愛と言ってよい関係を築いた地元ニューヨークのファンも喜んでいるはずである。

俊野達彦(群馬クレインサンダーズ/愛媛県松山市出身)最終回「悔しさをプラスに変えて目指す日本一」

「うおぉー!」。ドラフト会議で自身の名前が読み上げられた瞬間、俊野達彦は隣にいた父・正彦と手を取り合って驚きに近い声を上げた。会議の模様は愛媛の実家でインターネット配信サイトを通じて見守っていた。トライアウト後、「どこかのチームに指名されるだろうな」という手ごたえはあったが、その“どこか”に“群馬クレインサンダーズ”は入っていなかった。というのも、先輩たちからトライアウト後に声をかけられたチームから指名される可能性が高いと聞いていたからだ。俊野は群馬の関係者とは一切、言葉を交わしていなかった。しかし、断る理由はひとつもなかった。2012年7月6日、俊野は群馬と契約で基本合意に達し、晴れてbjリーガーとなった。

俊野達彦(群馬クレインサンダーズ/愛媛県松山市出身)第4回「ラストチャンスに懸けた夢」

「大学で現役生活が終わってもいいかな」。大学3年の秋、俊野達彦はこう思っていた。周囲が就職活動を始め、自分も「それが自然」だと考えるようになっていた。大阪商業大学バスケットボール部の先輩で、卒業後もプロを目指してトレーニングを積んでいる選手もいた。「先輩たちを見ていて(現役を続けるのは)大変というのは知っていましたし……自分はそこまでしなくてもいいかなと」。2010年3月、俊野は大学を卒業し、あまりにあっけなく、そして自然に、バスケット生活にピリオドを打った。

第234回 壮絶KO後に再び浮上したボクシング界の禁止薬物問題

 12月8日にラスベガスで行なわれたマニー・パッキャオ対ファン・マヌエル・マルケスの第4戦は、戦前の予想を上回り、世界中のスポーツファンを釘付けにする死闘になった。  第3ラウンドにマルケスが右オーバーハンドでダウンを奪えば、第5ラウンドにはパッキャオが左でダウンを取り返す。最後は第6ラウンド終了間際にマルケスの右カウンターが炸裂し、激戦に終止符を打った。

第135回「一生懸命遊べ!」

 冷たい冬の雨が降る12月15日、お台場の潮風公園が活気に満ち溢れていた。子供から人生のベテランまで、多くの人が様々なウエアーで走り、応援をしている。この日は「お台場EKIDENフェスティバル」が開催され、参加者たちが雨にも負けず走っていたのだ。その中には見覚えのある顔もちらほら見受けられ、それがまた皆を鼓舞することになった。実はこのイベント、「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会」が主催し開催されたもので、様々なオリンピック種目のアスリートが参加していたのだ。招致の国内支持率をあげたい委員会が、ムーブメントを盛り上げるべく開催しているというわけだ。

小原聡将(ジェットスキー)「世界で水を斬る若きサムライ」

 ブブブブン、ブンブン、ブーンブーン、グイーーーーン!  静かな岸辺に響き渡るモーター音が心地よい。白地のマシンが水面を滑ると、その後を追いかけるように、水しぶきが天高く舞い上がる。太陽に照らされた水滴はキラキラと宝石の如くまばゆい光を放っていた。その宝石たちにリングをつけるかのように小さな虹が生まれた。水上で幻想的な光景を描きながら、ジェットスキーが颯爽と滑走する。操っているのは18歳の高校生だ。小原聡将、世界最年少のプロのジェットスキーライダーである。

俊野達彦(群馬クレインサンダーズ/愛媛県松山市出身)第3回 「吉と出た決断」

 俊野達彦は高校進学を考える際、愛媛県外の高校も視野に入れていたという。だが、心にあったのは全国大会出場への思いだった。全国の舞台へ上がるために選んだ新田高校。彼の決断は間違っていなかった。高校1年時のインターハイは逃したものの、冬の全国高等学校選抜優勝大会(ウインターカップ)に出場した。俊野自身の出場時間は少なかったが、自信を掴むきっかけには十分だった。

俊野達彦(群馬クレインサンダーズ/愛媛県松山市出身)第2回 「父が感じた息子の素質」

 俊野達彦の実家の庭にバスケットボールリングが現れたのは、小学3年の頃だった。俊野の父・正彦が自身の運動不足解消のために設置したものだ。正彦はバスケットボールの経験者であり、祖父も当時の愛媛県ミニバスケットボール(通称ミニバス)の会長を務めていた。俊野が「自然に始めていた」と振り返るように、俊野家の庭では、彼の弟2人も含め、家族でバスケットに興じる風景が日常になっていった。

第233回 「スターウォーズ」、完全決着なるか 〜パッキャオvs.マルケス第4戦、最終展望〜

 これが4度目となったマニー・パッキャオ対ファン・マヌエル・マルケスのライバル対決を映画「スターウォーズ」に例えている記者がいたが、言い得て妙かもしれない。馴染みのキャラクターたちの最新作だけに、ファンなら結局は誰もが見たいとは思う。しかし、新鮮味自体は乏しい。

黒須成美(近代五種)<後編>「200万円がなければ競技は続けられなかった」

: 黒須さんはまだ21歳ですから、次のリオデジャネイロはもちろん、東京が招致に乗り出している2020年の五輪に出ることも年齢的には可能ですよね。 : はい。私も3回くらいは五輪に出られればいいなと思っています。世界では40歳まで現役を続けた選手もいます。その選手は30代中盤まで世界ランキングが1位でした。

17歳・奥原、連覇なるか 〜全日本総合バドミントン選手権〜

 5日、バドミントンの全日本総合選手権大会が開幕する。前回ベスト8の選手をはじめ、今季の全日本社会人選手権、全日本学生選手権(インカレ)、全国高等学校選手権(インターハイ)など、各カテゴリーにおける上位選手に加え、4日に行われた予選を勝ち上がってきた選手たちが出場。東京・代々木第二体育館を舞台に、バドミントンの日本一を決める戦いがいよいよスタートする。

俊野達彦(群馬クレインサンダーズ/愛媛県松山市出身)第1回 「伝家の宝刀を携えたルーキー」

 切れ味鋭い日本刀――。これが俊野達彦のプレイを見た時の第一印象だ。スピードに乗ったドライブで相手の守備ブロックを切り裂く。本人も「(ドライブは)他の選手と比べても負けていない」と絶対の自信を誇る。8年目を迎えたbjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)に新規参入した群馬クレインサンダーズに所属し、ポジションはシューティングガード(SG)を務める。ルーキーながら今季は12月3日現在、16試合すべてに出場し、104得点。群馬の大きな武器になっている。

フェンシング、卓球、アーチェリーの各団体が受賞 〜ベストチーム・オブ・ザ・イヤー2012〜

 今年、各界で最も顕著な業績を残したチームを称える「ベストチーム・オブ・ザ・イヤー2012」の表彰式が26日、都内で行われ、スポーツ部門では夏のロンドン五輪で初の団体メダルを獲得したフェンシング男子、卓球女子、アーチェリー女子の各代表チームが選ばれた。表彰式には、それぞれのチームからフェンシング・太田雄貴、アーチェリー・蟹江美貴、卓球・平野早矢香の3選手が出席。団体で銀メダルを手にした太田は「北京でも(個人で銀)メダルを獲れたが、今回はチームでメダルが獲れて良かった」と改めて喜びを語った。

市川孝徳(東洋大学陸上競技部/高知県高岡郡四万十町出身)最終回「“神”への挑戦」

 市川孝徳が所属する東洋大学陸上競技部には、昨シーズンまで“神”と呼ばれた男がいた。「東京箱根間往復大学駅伝競走」(箱根駅伝)で4年連続山登りの5区を任され、すべて区間賞、うち3度の区間新記録を叩き出した柏原竜二(現富士通)である。東洋大が手にした大学駅伝全4つのタイトルは柏原在学時のものだ。その絶対的なエース、“山の神”が抜け、市川ら新チームが目指すのは同校初の大学駅伝三冠だった。

黒須成美(近代五種)<前編>「五輪の落馬から得た“収穫”」

 第1回の「マルハンワールドチャレンジャーズ」から、この夏のロンドン五輪では3選手が出場した。その中で日本人女子では初めて近代五種で大舞台に立ったのが黒須成美だ。近代五種はフェンシング、水泳、馬術(障害飛越)、コンバインド(射撃とランニング)の順で全く異なる5種目を1日でこなし、順位を決める。日本ではなじみが薄いが、欧州では“キング・オブ・スポーツ”と称されるほどの人気競技だ。34位に終わったロンドンを踏まえ、さらなる飛躍を誓う21歳に、二宮清純がインタビューした。

市川孝徳(東洋大学陸上競技部/高知県高岡郡四万十町出身)第3回「“山”を越え、見えた新しい景色」

 人は、試練という“山”を乗り越えて、大きく成長を遂げる。東洋大学陸上競技部の市川孝徳にとって、2011年1月3日に刻まれた敗戦が越えるべき“山”だった。「初めて勝負の世界を知り、そこで負けたことが、一番のターニングポイントですね。早稲田大学の高野(寛基)さんには、いい勉強をさせてもらったというのが、率直な気持ちです」と、市川が振り返る2年生時の「東京箱根間往復大学駅伝競走」(箱根駅伝)。そこで自らの甘さを痛感した彼は、「変わらなくてはいけない」との思いを強くしていた。3年生のシーズンは、市川のランナーとしての分水嶺となった。

第232回 2012−13年のNBA、4つの注目チーム

【HC交代、激動のシーズン開始 〜ロスアンジェルス・レイカーズ〜】  オフにドワイト・ハワード、スティーブ・ナッシュを獲得して今季最大の注目チームとなったレイカーズを、開幕直後に激震が襲った。最初の4戦で1勝4敗と出遅れたところで、チームはマイク・ブラウンHCを解任。攻守ともに歯車が噛み合っていなかったレイカーズは、後任にマイク・ダントーニHCを据えて再スタートを切ることになった。

五輪同様に“チーム一丸”で2年ぶりの優勝へ 〜竹下佳江&大友愛Vol.4〜

: 17日には2012/13V・プレミアリーグ女子が開幕しますね。昨シーズンは残念ながら5位という結果に終わりました。 : 昨シーズンはケガ人が多くて、ギリギリの人数でやり繰りしながら戦わざるを得ませんでした。ですから、今シーズンはとにかくケガをせずに、長いシーズンを戦い切ってほしいと思います。

第134回「チャリティも世界基準!?」

 ヨーロッパでプロサイクリストとして活躍する別府史之選手。「ツール・ド・フランス」、「ジロ・デ・イタリア」といった世界の頂点のロードレースで活躍し、間違いなく日本を代表するアスリートの一人である。自転車好きならもちろん、そうでなくてもその顔や、名前を目にしたことがある人も多いだろう。そんな彼がレースに走るときにいつもビーズを身に着けているのをご存じだろうか? “スポーツ”と“ビーズ”。あまり結びつきがないように思える組み合わせだが、そこには彼なりの思いがある。そのビーズは彼の子どもへの思いと、自分自身を高めるためのアイテムでもあるのだ。

愛情ゆえの厳しさ 〜竹下佳江&大友愛Vol.3〜

: 大友さんがケガをして完全に復帰するまでの期間を、竹下さんはどう見ていましたか? : 私から見ていても五輪に向けての調整が遅れているなとは感じていました。正直、本当に五輪に間に合うのかな、という思いもありましたね。でも、メンバーは12名と限られていますから、他のメンバーのこともありましたし、自分なりにいろいろと考えさせられました。ただ、彼女がコートに戻ってからは、他の選手同様に、とにかくいい部分を引き出してあげたいという気持ちが強かったです。

市川孝徳(東洋大学陸上競技部/高知県高岡郡四万十町出身)第2回「箱根に笑い、箱根に泣く」

 関東学生陸上競技連盟加盟大学のシード権を持つ10校と予選会を勝ち抜いた9校に、関東学連選抜を加えた合計20チームが出場する「東京箱根間往復大学駅伝競走」(箱根駅伝)。東京都千代田区大手町から鶴見、戸塚、平塚、小田原の各中継所を経て神奈川県足柄下郡箱根町・芦ノ湖を往復するコースの総距離は217.9キロである。“学生三大駅伝”(箱根駅伝、10月の「出雲全日本大学選抜駅伝競走」、11月の「全日本大学駅伝対校選手権大会」)の中でも最も長く、そして注目度の高い“箱根”の舞台に立つことを夢見て、大学の門を叩く者は多い。東洋大学陸上競技部の市川孝徳もそのひとりだ。

西田宗城(車いすランナー)<後編>「走り始めたRoad to Rio」

「うわぁ、めちゃくちゃ、かっこえぇなぁ」  ある日、何気なくテレビをつけると、ひとりの車いすランナーが気持ちよさそうに風を斬って走っていた。両腕には隆々とした筋肉がついていた。その姿に西田はひと目で憧れを抱いた。交通事故で車いす生活を余儀なくされてから約2年、一時は車椅子バスケットボールにチャンレンジした時もあったが、心躍る感情は湧いてはこなかった。しかし、車いす陸上だけは違っていた。「かっこいいな、楽しそうやな」。まさにひと目ぼれだった。

市川孝徳(東洋大学陸上競技部/高知県高岡郡四万十町出身)第1回「エリートに非ず、されど光る才能」

「“東洋大学”という看板を背負っているので、その誇りは常に心の中にあります」。そう力強く語ったのは、東洋大学陸上競技部の市川孝徳だ。毎年1月2、3日に行なわれる新春の風物詩「東京箱根間往復大学駅伝競走」で3度の制覇を誇る東洋大。市川はその主力メンバーの1人である。現在では、陸上部副将、そして駅伝主将を務め、東洋大の中心的存在となっている市川だが、これまでの競技人生は華々しい時ばかりではなかった。いわゆる“エリート街道”をひた走ってきたわけではない。

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