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: 今日は焼酎を飲みながらゆっくりとお話をお伺いしたいと思っています。 : はい、よろしくお願いします。私、焼酎は好きで、父ともよく飲むんですよ。でも、そば焼酎は初めてなので、どんな味なのかとても楽しみです。
ニッポンのお家芸――。オリンピックなどの国際大会で、この言葉が冒頭に用いられる競技といえば、真っ先に思い浮かぶのは柔道だ。日本発祥のスポーツであり、東京オリンピックで正式種目となってから46年、オリンピックでの金メダル獲得は34個を数える。 もうひとつ、柔道と並ぶ日本の得意競技がある。それはレスリングだ。過去の五輪で、柔道に次ぐ22個の金メダルを獲得している。中でも2004年アテネ大会から正式種目となった女子フリースタイルは4階級中2階級で吉田沙保里、伊調馨が連覇を達成し、さらに伊調千春が銀2個、浜口京子が銅2個と出場選手全員がメダルを獲得している。近年、オリンピックを観戦している若いファンにとっては、女子レスリングこそまさに“ニッポンのお家芸”と言えるのではないか。
マイアミ・ヒートが苦戦している。 レブロン・ジェームス、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュという豪華スターが集結したことで、今季はヒートが圧倒的な強さを発揮して勝ち進むと考えたものは決して少なくなかった。 ニックスなどを率いた元名コーチのジェフ・バン・ガンディ氏をして、開幕前には「ヒートは1996年にマイケル・ジョーダン率いるブルズがマークしたシーズン72勝の記録を破るかもしれない」と予想したくらい。「スリーキングス」誕生のインパクトはそれほどに大きく、前評判は全米を揺るがすほどに高かったのだ。
まさに夢のようなひとときだった。 11月1日、横浜カントリークラブ。スカパー!のゴルフ特別番組「タイガー・ウッズ×石川遼 〜everyone meets the dream〜」の収録に参加した。ラウンド後に実施されたタイガーと石川の対談のインタビュアーを務めさせてもらった。
11月21日、講道館杯全日本体重別選手権大会最終日(千葉ポートアリーナ)。 浅見は女子48キロ級にエントリーし、3年ぶりの優勝を狙っていた。世界柔道の決勝で破った世界ランキング1位の福見友子(了徳寺学園職)はアジア大会出場のため欠場。ライバルと目されるのは世界ランク3位の山岸絵美(三井住友海上)、そして同9位で同学年の近藤香(帝京大)だった(ランキングは講道館杯開幕前時点)。
: 相撲界は伝統を重んじる場所ですから、礼儀作法やしきたりなどに慣れるのが大変だったでしょう。親方と結婚して、一番大変だったことは何ですか? : 結婚してすぐの頃、スポーツ新聞に“貴乃花、風邪引いた”って見出しで記事が出ていました。「風邪引いたくらいでニュースになるの?」ってビックリしましたよ。それにデパートへ買い物に行っても、ふと気づいたら周りのおばさんたちが、私が何を買うのかを覗いている。つまり貴乃花が何を食べるかを知りたがっていたんです。「私、とんでもないところに嫁いだかな……」って思いましたね(苦笑)。
ここであらためて世界の頂点に立った9月の世界柔道を振り返りたい。 浅見は1回戦から準決勝までをオール一本で勝ちあがった。決勝の相手は世界ランク1位の福見友子(了徳寺学園職)。予想通りの顔合わせだった。福見は、この階級で第一人者の谷亮子に2度土をつけた唯一の選手だ。前回大会に続く連覇を狙っていた。
そろそろその偉業を形容する言葉も底を尽きかけている。 無敵の進撃を続ける世界ボクシング界のスーパースター、マニー・パッキャオが11月13日にアントニオ・マルガリートにも判定勝ち。空位だったWBCスーパーウェルター級王座も手中に収め、これで史上2人目の6階級制覇を達成した。 その過程で、フェザー級、スーパーライト級でも最強と目された選手に勝っている。つまり事実上は、前人未到の“8階級制覇”(フライ〜スーパーウェルター級)というとてつもない記録を成し遂げたと言ってもよいのだ。
グアムとサイパンの間にある小さな島「ロタ」。名前は知られていても、行ったことのある人が意外に少ない島だ。そのマリアナ諸島の小島で、17年間も日本人の手によってトライアスロンが開催されている。一部のファンには圧倒的な人気を誇るロタトライアスロンだが、なぜここでトライアスロンなのか、なぜ日本人なのか。初めて聞いた人は誰しも不思議に思う。そのカギを握るのは大西喜代一氏。この人こそがこの地にトライアスロンを伝えた伝道師なのである。
: 浅見さんの特長として外国人に強い点があげられます。今年の2月まで約2年2カ月間、負けなしの46連勝を記録しました。その要因はどこにあると思いますか? : 私、結構プレッシャーに強いほうなので……。
: 今回から雲海酒造さんのお酒を囲みながら、さまざまなゲストとこのコーナーで楽しく語らいたいと考えています。リニューアル初回は、やはり宮崎県出身のおかみさんが最もふさわしいとご登場をお願いしました。わざわざお着物でお越しいただいてありがとうございます。 : 焼酎を楽しめるということなので、着物にしてみました。雲海酒造さんには先代の故・中島勝美社長に、親方の現役時代、宮崎で「貴乃花を応援する会」の会長をしていただきました。大変お世話になって、ご縁を感じています。
: 山梨学院大に進学したきっかけは? : 実は最初、山梨学院大に柔道部があるなんて知らなかったんです(苦笑)。でも西田(孝宏)先生と山部(伸敏)先生に「1回、練習に来てみないか?」と声をかけていただきました。その時は軽い気持ちだったんですけど、実際に行ってみるとすごく練習内容が濃かった。西田先生からは「日本一にしてやるぞ」とも言われました。みんな一生懸命練習していたので、「本当にここでやったら日本一になれるんじゃないかな」と思ったんです。
シーズン&プレーオフを併せて6度のノーヒッター(うち2つは完全試合)が生まれるなど、投手絡みの快記録が続出した2010年のMLB。「The year of pitcher(投手の年)」と呼ばれた1年の締めくくりに相応しく、結果的に今季最終戦となったワールドシリーズ第5戦も息詰まる投手戦となった この日のマウンドに立ったのはティム・リンスカムとクリフ・リー。ともにサイヤング賞受賞歴を持つ両エースの前に、6回までレンジャーズ、ジャイアンツの打線はそろって沈黙。「1点が勝負を分ける」という予感の中で、ひりひりするような緊張感に包まれたままゲームは続いていった。
日本の3番手から世界の頂点に立った。 9月に開催された世界柔道選手権。女子48キロ級に出場した浅見八瑠奈は、初戦から準決勝までをオール一本で突破する快進撃をみせる。決勝の相手は前回大会の覇者であり、ランキング1位の福見友子(了徳寺学園職)。積極的に攻め続けた浅見は相手から指導2つを奪い、初出場で初優勝をおさめた。20年近く第一人者だった谷亮子(現参議院議員)が引退し、48キロ級は強豪がひしめく大激戦区になっている。2年後のロンドン五輪出場へ名乗りをあげた22歳に、当HP編集長・二宮清純が話を訊いた。
2007年9月17日、東都大学野球リーグ秋季リーグ。大学野球の聖地・明治神宮球場のマウンドには初先発で初完封を成し遂げた北原郷大が立っていた。 「入院している時は野球がまたできるなんて考えられなかった」 息子の奇跡のような復活劇に父親は驚きを隠せなかった。それもそのはずだ。約半年前、彼は病院のベッドでギランバレー症候群という病魔と闘い、激痛に苦しんでいたのだ。そんな彼が強豪相手に完封劇を成し遂げるなどということを誰が想像できただろうか――。
9月19日、愛知県常滑市。人口5万人の街に日本で初めて「アイアンマン70.3」がやってきた。世界で40戦を越える「アイアンマン70.3シリーズ」が、ようやく日本で開催された記念すべき日である。しかし、開催するまでの道は平らではなく、いろんな人のつながりと幸運が重なり、この短期間で出来たのは奇跡に近いのかもしれない。
北原郷大が「ギランバレー症候群」と診断されたのは、2008年1月のことだった。前年、1年生ながらリーグ戦で登板し、秋には1勝を挙げるなど結果を残していた北原。それだけに、周囲はもちろんのこと、彼自身も今後の活躍を期待していたことは想像に難くない。病魔に襲われたのはそんな矢先のことだった。
◇アメリカン・リーグ アメリカ国内でも、ア・リーグ優勝決定シリーズはやはりヤンキースが有利と予想する声が多い。9月の不振で心配されたヤンキース打線は、地区シリーズのツインズとの3試合で大舞台での勝負強さを再びアピール。特に3番打者のマーク・テシェイラが復調気配(地区シリーズでは4安打3打点)なのが心強い。しかも相手投手に1球でも多く投げさせる姿勢がチーム全体に貫かれているだけに、このシリーズでも極端な得点力不足に悩まされることは考え難い。
北原郷大が野球を始めたのは小学1年の時。2人の兄がいた地元の軟式野球チームに入った。しかし、父親曰く、野球に熱中した2人の兄とは違い、北原の関心は野球だけにとどまらなかったという。 「とにかく活発で、よく遊ぶ子でしたよ。チームに入っても、いわゆる野球少年ではなかったですね。野球以外にもいろいろと興味を示す子だったんです。バッティングセンターに行っても、上の2人は一心不乱にバットを振って練習しているのに、郷大だけは1、2球打ったら、今度はバントをしてみたり……。一つのことに執着するというタイプではなかったですね」 しかし、実力は兄2人に決して劣ることはなかった。
東都大学野球リーグは、今や大学野球で最もレベルの高いリーグと言っても過言ではない。最近5年間では、全日本大学野球選手権大会、明治神宮野球大会のどちらかで毎年優勝校を出している。その同リーグの一角を担っているのが、亜細亜大学だ。多くのプロをも輩出している同大学には当然、甲子園常連校から優秀な選手たちが集結する。その名門校に3年前、甲子園に一度も出場したことのない小さな公立校から一人の投手が入ってきた。徳島県立穴吹高校出身、北原郷大だ。
5階級制覇王者マニー・パッキャオの次なる標的が正式決定している。 11月13日にカウボーイズ・スタジアムにて対戦するは、メキシコの強豪アントニオ・マルガリート。かつてミゲール・コットに初黒星を付けたこともあるハードパンチャー(戦績38勝(27KO)6敗)である。
大宮アルディージャで迎える6年目の今シーズン、藤本は大きな決断を迫られた。3月20日、第3節の鹿島アントラーズ戦で左足ヒザを負傷し途中交代。これまで大きなケガとは無縁だった藤本にとって、初めての長期離脱を余儀なくされた。 「最初は手術をしないで治すことを考えたんですが、結局ダメでしたね」 負傷から2カ月後に人生で初めてヒザにメスを入れた。結果は成功。直後にワールドカップ期間に入りJリーグは中断した。藤本はこの間に懸命のリハビリを経てリーグ再開となる第11節川崎フロンターレ戦で復帰を果たした。全治2カ月と診断を受けたものの、予定よりも大幅に早いカンバックとなった。 「大きな手術は初めてだったけれど、本当にメディカルスタッフのみんなのおかげで順調に復帰できたし、とても感謝しています」
99シーズンに在籍したサンフレッチェ広島ではリーグ年間順位こそ8位に留まったが、年末の天皇杯では準優勝の成績を収めた。4シーズン過ごした後、2003年に藤本は名古屋グランパスへ移籍する。23試合に出場したものの、さらなる出場機会を求めて翌年にはヴィッセル神戸へ。4つのクラブを渡り歩いた藤本にとって大きな財産になっていることがある。それは人との出会いだ。
高橋尚成、五十嵐亮太と2人の日本人リリーバーを擁するメッツが、今季後半戦は苦しい戦いを強いられている。 開幕直後こそ予想外に好調で、6月27日の時点では貯金11(43勝32敗)。しかしオールスター以降は26勝33敗と崩れ、プレーオフへの夢も儚く消えた。 そんな中で高橋はリリーフ&先発に活躍し、シーズン終盤にはクローザーに抜擢。先発で予想外の11勝をマークして来たR.A.ディッキーと並び、低迷するチーム内で最大の嬉しい誤算になってはいる。ただ、そんな高橋の奮闘も、悪い流れを変えるまでにはもちろん至らなかったのが現実である。 地元ニューヨークの期待を裏切り続けるメッツ。9月に入ってからはガラガラのスタジアムで、無意味な消化ゲームを寂しくこなし続けているのだ。
近年、国内でも広がりをみせるサイクルスポーツ。ここ10年ですっかり定着してきた感もあるが、その頂点に位置するのが毎夏フランスで開催されている「ツール・ド・フランス」。そのツールのヒーローとして君臨していたのがランス・アームストロングだ。1999年に優勝し、その後2005年まで前人未到の7連覇を達成した男である。