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金丸には第一人者にしか分からない独特の感覚がある。トラックを駆け抜ける際、地面に「かみつく」イメージを持っているというのだ。 「足をパンとムチのように地面に叩きつけて、しっかりかみつかせる。その勢いで体を前に持っていく。そういう意識で走っています」
小さい頃から足の速い子どもだった。 大阪府高槻市に生まれた金丸は、元気いっぱいの幼少時代を過ごした。とにかく外で遊ぶのが大好きで、近くの田んぼで足を泥だらけにして炎症を起こしたこともあるほどだ。小学校ではその俊足を生かし、3年生からサッカーを始めた。 「でも足が速いだけで、ボールを蹴るのがヘタクソだったんです。せっかくゴール前まで行ってもシュートを外しちゃうんで(笑)」
メジャーに渡って2年目の五十嵐亮太が、少しずつ真価を発揮し始めている。 2年300万ドルというリリーバーとしてはまずまずの契約でメッツに入団するも、1年目の昨季は1勝1敗、防御率7.12と苦しい成績で終了。同期入団の高橋尚成(現エンジェルス)が「ニューヨークの掘り出し物」になったのと比べ、より期待の大きかった五十嵐の方は誤算に終わってしまった感は否めなかった。 2年目の今季も開幕こそマイナースタートだったが、しかし3Aバッファローでは21試合に登板して防御率0.87と完璧な内容。そこで実力を認めさせると、7月中旬にメジャー再昇格以降は8試合で7回1/3を投げて9奪三振(2自責点)と好内容の投球を続けている。当初は敗戦処理的な役割が多かったが、最近は重要な場面で起用されることも増えてきた。
低い姿勢から大きなストライドでグングン加速し、先頭で風を切る。金丸祐三は今、日本で最も速く400メートルを走る男である。高校3年時に日本選手権を制し、今年で7連覇を達成した。この9月で24歳。スプリンターとしては、ここから脂がのってくる時期である。
「Wエースとしてがんばろう」 福島由登と奥村翔馬の入学当初からの約束――1年の時、奥村は福島の筆箱にこの言葉を書いた。母・祥子には未だに忘れられない出来事として記憶されている。 「筆箱に書いた字なんて、普通なら2、3年も経てば、薄くなってほとんど消えてしまうと思うんですけど、結局卒業するまで消えなかったらしいんですよ。それほど2人の絆は強かったのかもしれませんね」 2008年は、その“Wエース”にとって忘れられない夏となった。
日本中を元気にしてくれた「なでしこJAPAN」。震災後、いいニュースが少ない日本国内に、本当に嬉しい明るい話題だった。普段はサッカーのことなど語らない、いや興味がない主婦までもが「なでしこ」の言葉を語るのは、いかにこのニュースが皆を惹きつけたかを物語っている。しかし、一部スポーツ関係者の間では「この光景どこかで見たよね……」と心配する声が。そう、北京オリンピック後のソフトボールである。あの時はワイドショーまでもが、ソフトボールを語り、選手の生い立ちや、家族をフィーチャーしていた。しかしあれから3年、いまやソフトボールを見る人、語る人はどれだけいるのだろう……。そして今の女子サッカーは、「まさにあの現象と同じ」と心配する声も一部では上がっている。
「史上最弱」 これが中田翔(北海道日本ハム)らが抜けた大阪桐蔭への評価だった。 「新チームになった時に西谷浩一監督に言われたんです。『オマエら、他から何て言われているか知ってるか? 今年の桐蔭は弱いって言われているんだぞ。そんなこと言う奴らを見返そうじゃないか!』って。確かに僕たちの学年には中田さんたちの学年のようにスター選手がいたわけではなかった。だから、とにかく“全員野球”でいくしかなかったんです」 全国から注目された前年とは一転、この年の大阪桐蔭はまさにゼロからのスタートだった。
7月9日、WBA世界スーパーバンタム級王者・下田昭文はアトランティックシティで同級1位リコ・ラモス(アメリカ)との防衛戦に臨んだ。アメリカ本土で日本人王者がタイトル防衛戦を行なうのはこれが初めて。そのおかげもあって、今回のタイトル戦は多くの注目を集めることになった。 ただそんな歴史的背景よりも、筆者が何より特筆すべきと感じたのは、このファイトが米国最大のプレミアムケーブル局HBOで生中継されたことである。
「一度も野球を嫌いになったことはないですよ」 高校3年間はテレビを観ることも携帯電話を持つことも許されなかった。お正月休みの1週間を除けば、休日は1年に3日ほど。あとは毎日6時間以上の練習の毎日だった。 「夕方4時頃から練習が始まって、終わるのは10時過ぎ。それから寮に帰ってご飯を食べて、お風呂に入って、洗濯して……あとはもう寝るだけです」。 まさに青春の全てを野球に捧げた3年間。どんなに練習が厳しくても、辛くても、福島には野球のない生活は考えられなかった。
2011年は大阪桐蔭高校出身者が熱い。パ・リーグでは中田翔(北海道日本ハム)、浅村栄斗(埼玉西武)、セ・リーグでは平田良介(中日)、そして海の向こうでは西岡剛(ツインズ)が華々しいプレーで観客を沸かせている。彼らが3年間、泥まみれになって白球を追い続けたグラウンドで、この男もまた野球の礎を築いた。福島由登。今から3年前の夏、常葉菊川との決勝戦で、松坂大輔(横浜)以来となる完封勝ちを収めたエースだ。
今夏、ニューヨーク・メッツが重大な岐路を迎えようとしている。 これまでチームを支えてきたカルロス・ベルトラン、フランシスコ・ロドリゲス、ホゼ・レイエスの3人が、今季終了後に揃ってFA権を獲得する。彼らをすべて残留させるのはどうやら難しそうなだけに、チーム側が今のうちに誰かを放出し、見返りを得ておこうと考えるのは当然である。おかげで3人の周囲には、開幕直後からトレードの噂が絶えず飛び交い続けてきた。
故郷のクラブでルーキーイヤーの開幕戦にデビュー。順調なプロの第一歩を踏み出した越智だったが、その後はなかなか出番に恵まれなかった。 「フィジカル面も足りなくて、思うようなプレーができなかった。自分に対してイライラしながらサッカーをしていた。余裕がないので、周りも見えなくて余計に悪い方向に行っていましたね」
次世代の「ミスター愛媛」として期待されている選手である。 越智亮介、21歳。大分トリニータのユースから故郷のクラブでプロになって3年目。主にボランチで昨季は31試合に出場した。イヴィッツア・バルバリッチ監督からも「プレーにクリエイティビティがある」と評価を受けている。
現役最強と目される2人のボクサーが、9月、11月と相次いで試合を行なうことが決まった。 無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーはビクター・オルティスと、8階級をまたいで活躍を続ける現代の拳豪マニー・パッキャオはファン・マヌエル・マルケスと、それぞれラスベガスで雌雄を決する。
あの古田敦也がトライアスロンにはまっている。 ゴールデングラブ賞10回、ベストナイン9回。「ミスタースワローズ」と呼ばれた球界を代表するインテリジェンスな彼が体力の限界に挑戦しているのだ。瞬発力とスキルを必要とされる野球、持久力とタフな精神力を要求されるトライアスロン。同じスポーツでも真逆に位置するスポーツをまたぐのは珍しい。
横浜F・マリノスのユース時代にJデビュー。順風満帆だったサッカー人生に影が差したのは、正式にトップチームに昇格した2009年だった。サテライトの試合に出ていた齋藤は相手と接触し、左ヒザを痛める。 「それまでヒザのケガは経験がなくて、打撲だと思ったんです。でもボールを触ったら超痛い。すごく調子良かったんですけど、トレーナーに言ったら、すぐ交代になりました」
愛媛のメッシと呼ばれている男がいる。 愛媛FCの背番号27、齋藤学だ。今季、横浜Fマリノスから期限付き移籍で愛媛にやってきた。ここまで(15節終了時)全9試合に出場し、3得点。彼の活躍もあって昨季まで得点力不足に泣いたチームが首位と勝ち点5差の8位につける原動力になっている。
マイアミ・ヒートが5年ぶりのファイナル制覇に近づいている。 ヒートとダラス・マーベリックスの顔合わせとなった2011年のNBAファイナルは、2戦を終えて1勝1敗。第2戦では最終クォーターに15点差を逆転されて、ヒートは初黒星を喫した。それでも大事な6、7戦を地元マイアミでプレーできるだけに、未だにこのシリーズはヒート有利と見る向きが多い。
日本タイトルへの挑戦失敗から5カ月。大村は再びリングに立っていた。2月14日、後楽園ホール。相手の藤沢一成(レパード玉熊)はノーランカーだった。格下相手に「きれいに勝ちたい」「倒したい」との思いはこれまで以上に強かった。
2010年9月4日、後楽園ホール。これまでのボクシング人生を賭ける一戦がやってきた。日本ライト級タイトルマッチ。大村にとってはプロ18戦目で初のタイトル挑戦だ。相手は荒川仁人(八王子中屋)。2度目の挑戦で日本王座を獲得したテクニシャンである。
5月中旬に行なわれた宿敵レッドソックスとの3連戦の真っ最中に、ヤンキースを予期せぬ激震が襲った。 14日の試合前のこと――。打率1割台の不振ゆえに、この日は打順9番に降格されたホルヘ・ポサダの出場が、急きょキャンセルされたのだ。 当初は「軽い故障か」と問題視されていなかったが、ゲーム中にブライアン・キャッシュマンGMが異例の緊急会見を開き、「不出場はケガが原因ではない」と発表。一部の地元メディアはここですかさず「9番降格に激怒したポサダが欠場を志願した」と報道し、記者席も一時騒然となった。
イタリアを1周する自転車レース「ジロ・デ・イタリア」。フランス1周の「ツール・ド・フランス」、スペイン1周の「ブエルタ・ア・エスパーニャ」と並んで「グランツール」と呼ばれる世界の三大ステージレースだ。100年以上の歴史を誇る世界的なレースで、5月9日の第3ステージで悲しい事故が起こった。タイトなコーナーを下っている最中に、ワウテル・ウェイラント(ベルギー)選手が転倒、前頭部を強打し、還らぬ人となったのだ。ジロ102年の歴史上では4人目、グランツールでみるならば1995年のファビオ・カサルテッリ(イタリア)選手以来のレース中の死亡事故ということになる。
デビュー戦でKO負け。どん底に叩き落された大村は次の試合までの4カ月間、悶々とした日々を過ごした。「今度こそ勝ちたい」と思えば思うほど、「今度負けたらどうしよう」との不安が頭をもたげてくる。2戦目の相手はプロのでの実績はなかったが、アマチュア経験の豊富な選手だった。映像で見ると、確かにボクシングはうまかった。
大村は4人兄弟の3男坊として生まれた。光矢という名前は「光る矢のようにボールを投げてほしい」との父の願いが込められたものだ。愛媛といえば野球王国。出身の西条市にある西条高は夏の甲子園で全国制覇の経験もあり、往年の名投手で巨人の監督も務めた藤田元司(故人)ら多くのプロ野球選手を輩出している。近年では阪神の秋山拓巳もそのひとりだ。野球好きの父は、プロ野球選手になる夢を息子たちに託していた。
世界ボクシング界において今年上半期最大のビッグファイトと呼べる一戦が間近に迫っている。 現代の拳豪マニー・パッキャオが7日、保持するWBO世界ウェルター級王座をかけて元3階級制覇王者“シュガー”・シェーン・モズリーと対戦する。これまで6階級制覇(事実上の8階級制覇という声もある)を達成してきた英雄にとって、これが2011年初のファイト。最近ではパッキャオがリングに立つたびに世界的な注目を集めるようになっただけに、今回も興行的には莫大な成功を収めることはまず間違いない。