第622回 巨人を強くする井端の“無形の力”

 現巨人ヘッドコーチの川相昌弘が、球団のユニホームに見切りをつけ、入団テストまで受けて中日に移籍したのは39歳の時だった。原辰徳から堀内恒夫への突然の監督交代を受け、内定していた「1軍守備コーチ」のポストは宙に浮いてしまった。「だったら違う球団で 現役を続けよう。そう思って自由契約にしてもらったんです」

第621回 ダウン後も冷静 王者・内山の危機管理力

 一寸先は闇。何が起こるか分からないのがボクシングである。最悪の状況下、いかにして最善のカードを切るか。そこに勝者と敗者の分水嶺がある。  昨年の大晦日に行われた王者・内山高志と挑戦者・金子大樹とのWBA世界スパーフェザー級タイトルマッチは、日本ボクシング史に残る名勝負となった。予想どおりJBCの年間最高試合にも選ばれた。

第620回 “平和の祭典”五輪に忍び寄るテロの影

 スティーヴン・スピルバーグが制作した映画「ミュンヘン」は1972年、ミュンヘン五輪でのパレスチナ武装組織「黒い九月」によるイスラエル選手団襲撃事件と、その後のモサド(イスラエル諜報特務庁)による報復作戦を描いたものである。併せて『ミュンヘン――黒い九月事件の真相』(角川文庫)も読んだが、「平和の祭典」であるはずの五輪がテロの舞台に選ばれ、暴力の果てなき応酬へと向かう経緯はブレーキを失った暴走列車を想起させる。むき出しの感情の前には理性などひとたまりもないのか。

第619回 木田優夫こそ永遠のジャーニーマン

「アイツは本当に野球が好きだよね」。今季限りでユニホームを脱いだ元中日の山崎武司が苦笑を浮かべて語っていた。  アイツとは同級生の木田優夫のことである。45歳の今季は独立リーグ「BCリーグ」の石川ミリオンスターズでクローザーとして52試合に登板した。全72試合だから、3試合のうち2試合以上は投げた計算になる。防御率1.76という好成績でリーグ優勝、そして四国アイランドリーグplusの覇者・徳島インディゴソックスを破って「独立リーグ日本一」にも貢献した。

第618回 大学NO.1投手、プロでの成功のカギ

 ホームランを868本も放った福岡ソフトバンクの王貞治球団会長によれば「デッドボールも野球のうち」である。ピッチャーではなく、バッターとして数々の記録を持つ“世界の王”が言うのだから、居住まいを正して聞く必要がありそうだ。「だから(バッターに)当てたからと言ってピッチャーを悪く言う必要はない。それにバッターも“インコースを攻められるのも野球なんだ”と、もっと覚悟しなくちゃね」

第617回 交流制限下の南アに渡った青木の信念

 1984年12月といえば、さる5日、95歳の生涯を閉じた南アフリカ元大統領のネルソン・マンデラは、まだ獄中にあった。  当時、日本政府は国際社会と歩調を合わせ、アパルトヘイト(人種隔離政策)を行っていた南アフリカとはスポーツ、文化の交流までも禁じていた。もちろんゴルフも例外ではなかった。

第616回 「1」が重荷になった赤ヘルの“大物ルーキー”

 東北楽天のドラフト1位ルーキー松井裕樹が背番号1を付けると聞いて、ふと28年前に現役を退いた“元大物ルーキー”のことを思い出した。  大久保美智男。1978年のドラフトで広島から2位指名を受け、宮城・仙台育英高から入団した。ちなみに65年からスタートしたドラフトで、1度だけ全球団が参加しなかったのがこの年である。巨人がドラフト会議前日、“空白の1日”を利用して江川卓と契約。連盟が選手登録申請を却下したため、巨人が翌日のドラフト会議をボイコットしたのである。

第615回 プロ野球「球界の官兵衛」は誰だ

「軍師官兵衛」。来年のNHK大河ドラマのタイトルだ。先日、仕事で黒田官兵衛の故郷・姫路に行くと駅に宣伝用の大きなポスターが貼られてあった。大河人気にあやかろうということか。  豊臣秀吉の軍師として知られる官兵衛には“戦の天才”のイメージがある。生涯50を超す合戦で、一度も負けなかったという“不敗伝説”も残っている。織田信長が本能寺で明智光秀に討たれた時には中国地方に出兵中の秀吉に“大返し”の策を授け、秀吉の天下取りに貢献したとも言われている。

第614回 変人か先駆者か、四足走行で100M9秒台挑戦

 地上最速の動物とされるチーターはスピードに乗れば、ゆうに時速110キロを超えて走ると言われている。このチーターの走りを日夜、研究している珍しいアスリートがいる。四足走行「100メートル16秒87」のギネス世界記録を持ついとうけんいち(本名・伊藤健一)だ。

第613回 「課題は右の精度」山中の左はさらに輝く

 左ストレートは向き合った相手の右耳の横を通過しているように見えた。しかし、あろうことかメキシコ人は腰からキャンバスに崩れ落ちた。3日前のWBCバンタム級世界戦。王者・山中慎介が8ラウンドにチャレンジャーのアルベルト・ゲバラから奪った最初のダウンは、ある意味、9ラウンドのフィニッシュシーンよりも衝撃的だった。

第612回 画期的だった川上さんの“信賞必罰”管理野球

 V9がスタートする前、巨人には年間320万円の賞金枠があったそうだ。シーズン終了後、タイトルホルダーに一定の額がボーナスとして支払われた。「シーズン終了後じゃ意味がない。シーズン中に渡してやらんと……」。そう言って賞金制度を大胆に改めたのが、去る10月28日、93歳で他界した川上哲治さんである。

第611回 中日ドラフト2位・又吉、四国IL出身投手のジンクスに挑む

 日本初のプロ野球独立リーグ「四国アイランドリーグPlus」は、この秋、9年目のシーズンを終えた。記念すべき10年目を迎える前のNPBドラフト会議で、初の上位指名選手が誕生した。中日から2位指名を受けた又吉克樹(香川オリーブガイナーズ)である。

第608回 五輪がもたらすイノベーション

 納豆の日(7月10日)やバナナの日(8月7日)があることは知っていたが冷凍食品の日があることは寡聞にして知らなかった。  10月18日が、その日である。10は冷凍の「トウ」、18は冷凍食品の国際基準の管理温度マイナス18度に引っかけたものだそうだ。1986年に定められ、今年で28回目を迎える。

第606回 感動スピーチを裏付ける佐藤真海の挑戦心

 20年東京オリンピック・パラリンピック招致を決めたブエノスアイレスでの最終プレゼンテーションで、自身の体験をベースにした感動的なスピーチで大役を果たしたパラリンピック・走り幅跳びの佐藤真海が踏み切り足を健足の左足から義足の右足にかえたのは北京大会の後からだ。

第604回 生涯スポーツのゴルフから贅沢税廃止を

 東京五輪・パラリンピックが開催される2020年、この国はどんな姿になっているのだろう。  高齢化がさらに進んでいることは間違いない。前回、東京で五輪が開催された64年、全人口の1割未満だった高齢者(65歳以上)の数は、20年には3割前後に達するとみられている。

第603回 米国発祥“良心のゲーム”に学ぶスポーツの原点

 アルティメットという競技を、ご存知か? 格闘技ではない。フライングディスクを用いる米国生まれの団体競技である。  コートは100×37メートルだから、アメリカンフットボールより一回り小さめのサイズ。敵味方7人ずつに分かれ、エンドゾーン内でディスクをキャッチすれば得点になる。ルールはアメフトやバスケットボールに近い

第602回 東京五輪・パラリンピック、ボランティアはロンドン流で

 アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピック射撃に出場した田口亜希は、得意の語学をいかすため大手船会社に入社した経歴からもわかるように、国際派かつ行動派のパラリンピアンである。今年3月、IOC評価委員会が来日した際には、パラリンピアンの代表として東京招致のプレゼンテーションを英語で行い、高い評価を受けた。

第601回 東北躍進、高校野球の地域格差は完全解消

 高校野球の勢力図が塗り替わる瞬間を見る思いがした。8月19日、準々決勝第1試合で岩手の花巻東が徳島の鳴門に5対4で逆転勝ちすると、続く第2試合、日大山形が高知の明徳義塾に4対3で競り勝った。花巻東は3回戦でも愛媛・済美を延長10回、7対6で振り切っている。  甲子園優勝経験のある四国の強豪3校が揃って東北勢の軍門に下った。随分、長い間、高校野球を見ているが、こんなことは記憶にない。

第600回 戦火に消えた徳島商の甲子園優勝

 選手ではなく「選士」と呼ばれた。「打者は投手の投球を避けてはならない」と主催者側から厳命された。なぜなら「突撃精神に反する」からである。原則として選手交代も認められなかった。例外は選手がケガをした場合のみ。「選手は最後まで死力を尽くして戦え」。それがお上のメッセージだった――。

第598回 地域密着に反するJ3選抜チーム構想

 Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎(現日本サッカー協会最高顧問)が、「Jリーグのクラブは各県2つ。いずれ日本に100のJクラブがほしい」とブチ上げたのは、忘れもしない鹿島アントラーズのクラブハウスと練習グラウンドの完成を祝う記念式典でのことだから、Jリーグ開幕の4カ月ほど前である。

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