第654回 鍛練であり修養でもある「野球」の素振り

 今夏の甲子園、準決勝で優勝した大阪桐蔭に力負けしたものの、5試合で 58得点を挙げた福井代表・敦賀気比の打棒には恐れ入った。猛打の秘密は、 12月前から2月にかけての一日千本の素振りにあるという。千日ならぬ百日の行だ。しかも6秒刻みでバットを振り続けたというのだから、その過酷さたるや尋常ではない。トレーニングというよりも鍛錬といった趣だ。

第652回 75年甲子園決勝「恵み」の2日間雨天順延

 開会式が2日順延されたのは、96回目を迎えた夏の甲子園史上、初めてのことだという。この先の天候は大丈夫か。  雨といえば、思い出すのが1975年の大会だ。私も高校生だったので、よく覚えている。大会期間中、2つの台風が列島を直撃し、計5日間も順延された。

第650回 甲子園勝率1位・愛媛の“落日”を子規はどう思う

 風前の灯とは、このことだ。近年の勢いからして、一度抜かれたら抜き返すのは至難だろう。どこまで持ちこたえられるのか。  夏の都道府県別甲子園勝率1位は愛媛県の6割5分(115勝62敗1分)。1953(昭和28)年の第35回以来、60年も首位の座を守り通している。以下、2位・大阪府6割4分9厘(155勝84敗)、3位・神奈川県6割3分2厘(117勝68敗)、4位・和歌山県6割1分8厘(118勝73敗1分)、5位・広島県6割1分3厘(111勝70敗1分)、同・高知県(87勝55敗)と続く。

第649回 監督代行が開く正規監督への新たな道

 幹事長がいて幹事長代行がいる。幹事長代行がいて幹事長代理がいる。幹事長代理がいて副幹事長もいる。  これらのポストが同時に存在するのだから、政治の世界は、ややこしい。ところで政党において代行と代理は、どちらが格上なのか。答えは前者なのだが、永田町の住人以外で、どれだけの人間が、これを知っているだろう。

第648回 未来のパラリンピアンづくりの方策を

 アテネ18個、北京12個、ロンドン4個――。何の数かご存知か? 実はこれ、夏季パラリンピックにおける陸上競技のメダル数である。  右肩下がりどころではない。急降下である。「ここまで落ちてしまったら、もう付け焼刃の対策では通用しないでしょう」。神妙な面持ちで花岡伸和・日本身体障害者陸上競技連盟副理事長は語った。

第647回 師と同じ「幸運」 八重樫“最強”を迎え撃つ

 このほどボクシングのWBCのベルトが刷新され、各階級を代表するチャンピオンの顔写真が2人ずつ飾られることになった。 「ヘビー級はマイク・タイソンとレノックス・ルイス。ミドル級はマービン・ハグラー、ウェルター級はシュガー・レイ・レナード。そしてミニマム級がリカルド・ロペスと僕なんです」

第646回 技術委から“戦略委”へ名称から改革を

 日本サッカー協会には12の専門委員会がある。この中で最も世間からの注目度が高いのは技術委員会だろう。同委員会の仕事は代表監督候補者の推挙、代表チームの強化、ユース年代の普及、指導者養成など多岐に渡る。メディアに登場する機会も多く、協会きっての花形である。

第641回 落ち着いた音色奏でる“サムライの笛”

 人が人を裁く。これほど難しいことはない。うまくいって当たり前、ミスでもしようものなら、一身に非難が集中する。4年に1度のW杯ともなれば、なおさらだ。  主審の西村雄一が迷うことなくレッドカードを掲げたのは、2010年の南アフリカ大会準々決勝のオランダ対ブラジル戦、後半28分の場面だ。ブラジルのMFフェリペ・メロが、オランダのFWアリエン・ロッベンを故意に踏みつけた――。西村はそう判断した。

第640回 39年前の初Vと共通点の多いカープ

 何やら39年前のムードと似てきた。ひょっとすると、ひょっとするのではないか…。  開幕からカープが快調に飛ばしている。セ・パの交流戦がスタートして今年で10年目だが、首位で交流戦を迎えたのは初めてのことだ。「なぁに、どうせカープは鯉のぼりの季節までだよ」と冷ややかだったネット裏の視線も、最近では変化が見られるようになってきた。

第639回 20東京パラが「飯塚車いすテニス」から学ぶこと

 福岡県の飯塚市と言えば筑豊地方の中心である。明治から昭和にかけては“炭鉱のまち”として発展した。隣の田川市とともに五木寛之の名作「青春の門」の舞台としても知られる。  その飯塚市で18日まで「飯塚国際車いすテニス大会」が開催されている。今回で30回目だ。なぜ飯塚で車いすテニスなのか。大会会長の前田恵理さんによれば、同市には総合せき損センターがあり、「最初はリハビリを目的にしたものだった」という。

第638回 日系人差別と戦った野球選手ジミー堀尾

 巨人の前身である「大日本東京野球倶楽部」が1934年に誕生したことを受け、NPBは今季を「プロ野球80周年」と位置付けている。  大日本東京野球倶楽部のメンバーのひとりで、阪急軍や大阪タイガース・阪神軍でもプレーした日系2世・ジミー堀尾の来歴については、永田陽一著『ベースボールの社会史』(東方出版)に詳しい。

第637回 秀才助っ人と重なる好調広島エルド

 インテリと呼ばれた外国人選手はたくさんいるが、引退後、医師になったのは私が知る限りでは、広島、南海で活躍したゲイル・ホプキンスただひとりである。  広島の初優勝は1975年。球団創設26年目での悲願達成にホプキンスは大きな役割を果たした。主に3番打者として全130試合に出場。打率こそ2割5分6厘ながら33本塁打、91打点の好成績で打線を牽引した。

第635回 ボール騒動、どれくらいの反発係数ならより楽しめるのか

 プロ野球がセとパに分立したのは1950年である。この年、驚くべき記録が誕生する。松竹の小鶴誠がプロ野球史上初めてホームランを50本台に乗せたのだ。小鶴は51本塁打、161打点で2冠王となった。ちなみに打点はシーズン最多記録で60年以上経った今も破られていない。

第633回 とび蹴り男が導いたカープ初優勝

 珍しくカープの前評判がいい。開幕前の順位予想で多くの評論家が2位、3位にあげていた。昨季、16年ぶりにAクラス入りを果たしたことで、チームは上げ潮ムードにある。中日との開幕3連戦も2勝1敗と勝ち越した。この余勢を駆ってダークホースから巨人の対抗馬への位置どりを確保したいところだろう。

第632回 中日、開幕・憲伸に「団結」促すオレ流演出

 驚いたことに中日・谷繁元信選手兼任監督の口から飛び出した開幕投手の名前は昨年オフ、一度は戦力外通告を受けた「川上憲伸」だった。  既視感がある。10年前、中日の監督に就任したばかりの落合博満(現GM)が開幕投手に指名したのはヤクルトからFAで移籍してきたものの、右肩痛のため1軍のマウンドから3年間も遠ざかっていた川崎憲次郎だった。

第631回 スポーツにおける政治活動、その表現方法の是非

 1968年のメキシコ五輪。陸上競技男子200メートルで金メダルを獲得した米国の黒人選手トミー・スミスは表彰台に上がるや、ややうつむき加減の姿勢で黒い手袋をつけた右手を高々と宙に突き上げた。銅メダリストの黒人選手ジョン・カルロス(米国)もスミスに続いた。違っていたのはカルロスの突き上げた拳が左だったということくらいだ。

第630回 肉体芸術の極みだった「人間風車」

「人間風車」も不死身ではなかった。英国出身の名レスラー、ビル・ロビンソンがさる3日(現地時間)、米アーカンソー州の自宅で死去した。75歳だった。  ロビンソンが来日するまで、外国人レスラーと言えばヒールが相場だった。正統派のシャープ兄弟ですら、力道山の前では仇役だった。

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