金子達仁

J3、練習気分のU−22選抜に大失望

 賛否両論はあったようだが、わたしは、JリーグU−22選抜のJ3参加に大賛成だった。前例がない? Jの理念に反する? まずはやってみればいい。しょせんは下部リーグ。挑戦して、失敗すれば考えればいい。そう思っていた。  ただ、沖縄で行われた彼らの初戦には、大いに失望させられた。

極上の前半を演出した蛍と青山

 ジキルとハイド、どころではない。スーパー・ジキルとワースト・ハイド。うっとりするほど素晴らしい日本と、信じられないほどに無残な日本。とてつもなく大きな揺れ幅を見せつけられた試合だった。  前半、なんといっても素晴らしかったのはボランチに入った山口と青山のコンビだった。どちらの選手も相手ボールに対するアプローチが抜群に速くて強く、最終ラインの選手からすると自分たちの前にリベロが2人構えているような感じだったのではないか。

フォルランで知るJリーグの現在地

 Jリーグにやってきた久々の超大物外国人選手、フォルランの公式戦デビューを見ていささか感慨深い思いにとらわれた。  およそ30分間の出場で、見せ場はほぼゼロ。チャンスを作る云々以前に、ボールに触る機会がほとんどなかった。もし彼のプレーを見るためにスタンドに足を運んだ、あるいはチャンネルを合わせた方がいたとしたら、期待を裏切られたというのが率直なところだろう。  それが、嬉しかった。

今年のJ1開幕戦は大阪が熱い

 あらゆる静岡勢が圧倒的な強さを誇った時代があった。日本代表の大半を占めたのも、同県出身の選手だった。「サッカーどころ」の名をほしいままにしたのも、当然といえば当然である。  ただ、いまだ高い競争力を誇る静岡のサッカーだが、他地域の環境が整備されてきたこともあり、かつてのように突出した存在ではなくなった。ザック監督率いる現在の日本代表でも、静岡県出身者はもはや最大勢力ではない。本田も、香川も、柿谷も……大阪を中心とした関西圏の出身なのである。

吉田麻也の先発復帰は日本にとって明るい兆し

 いろいろと考えさせられることの多いソチ五輪である。  たとえば、願望と予想の混同。日本人の場合、「そうあってほしい」という思いが、相手を分析する目を鈍らせる傾向が強いのかもしれない、と自戒の念とともに思う。  戦って負けるのは仕方がないが、メダル有力、あるいは確実といわれた選手が、いざ戦ってみて愕然という図式は、あまりにも苦いし痛い。あらかじめ力の差があることを認識していれば、もう少しやれることもあっただろうに。選手も、スタッフも、そしてメディアも。

東南アジア戦略加速への大きな課題

 甲府がインドネシア代表イルファンを獲得した。昨年、札幌がベトナム人選手を獲得したことに続き、いよいよJリーグの東南アジア戦略も本格化してきた。  今回の獲得で注目すべきは、クラブが自治体と密接なタッグを組んだことである。つまり、クラブだけでなく、山梨県も東南アジア屈指の大国であるインドネシア人の選手を獲得する意味とメリットを理解し、クラブに先立って同国出身者を県庁のスタッフとして迎え入れていた。行政の冷たさ、無理解と戦うクラブは珍しくないだけに、これは画期的な出来事だと言っていい。

「日本人」はもうメーンテーマではない

 イタリアの衛星放送「スカイ」で解説を務めるマッシモ・マウロ氏は、プラティニ、ジーコ、マラドーナという80年代の天才3人とすべてチームメイトとしてプレーした、世界唯一の男である。  その彼がベローナ戦での本田について語った言葉が、21日付のスポニチで大きく報じられていた。 「カカーやロビーニョのコピーにしかならない補強をする必要が本当にあったのか」

失敗したっていい C大阪フォルラン獲りに心躍る

 百里の道は九十九里をもって半ばとす、という言葉があるが、九十九里まできたとしても一里しか来ていない、と見るべきなのがサッカーにおける移籍話である。  実体のない噂もあれば、関係者が交渉の材料とすべく、あえてリークしてくる場合もある。従って、現時点ではまだ白紙と見るべきではあるのだが、それにしても、久々に胸のときめくフォルラン獲得?のニュースである。

生死懸けた熱戦の同時開催はもったいない

 優勝争いはもちろん興味深い。だが、個人的には優勝争い以上に楽しみにしているのが、昇格、降格を争う戦いである。Jに限ったことではない。たまたま滞在している国で入れ替え戦やプレーオフが行われているとなれば、たとえそれが3部、4部の試合であってもつい足を運びたくなってしまうほどだ。

更迭要求する声と続投決断の難しさ

 更迭を要求する声がいつも正しいとは限らない。  6年前の今頃、シーズン途中から指揮をとった外国人監督の解任、更迭を要求する広島ファンの声は決して珍しいものではなかった。続投を決定したフロントに対する批判もかなり手厳しいものがあった。もし、あの時点で更迭という決断がくだされていたら、Jリーグの現在はまたずいぶんと違ったものになっていた可能性がある。少なくとも、ペトロヴィッチ監督がレッズの指揮官になっていることはなかっただろう。

守備固めに逃げた日本はまだ本物ではない

 大迫が生んだ勝利だった。オランダ戦における彼のゴールがなければ、チームは完全に自信を喪失していただろうし、監督の更迭以外に再生の道はなくなっていた。壊れかけたチームを踏みとどまらせた薩摩隼人の一撃があったがゆえの、この日、ベルギー戦での勝利だった。多くの選手、ファンは、再び世界への希望を見いだしたことだろう。

本気のベルギーから味わいたい刺激的な敗戦

 勝ったことのある人間は、勝利によって得られる喜びを現実のものとして思い起こすことができる。もう一度味わいたいという思いが、苦境を乗り切るための力になってくれる。かつてドゥンガが「勝ったことのあるやつしか勝てない」と断言し、ベンゲルをはじめとする欧州の監督が「勝者のメンタリティー」という言葉をよく使ったのも、結局は同じことである。

岡崎2得点の報道に見た日本人の精神的成長

 古くからのファン、特に日本代表を応援していたファンにとって、10月は哀しい思い出が詰まった月でもある。  木村和司が伝説的なFKを決めながら、韓国に地力の差を見せつけられたのは85年10月26日だった。2年後の10月26日には、雨の国立でほぼ手中にしかけていたソウル五輪への切符を失った。そして、あまりにも有名な“ドーハの悲劇”は10月28日の出来事だった。

世界に衝撃“バルサ型”U17日本の行方

 ここに来て急速に変質しつつあるが、近年のバルセロナほど、共通した哲学に貫かれたチームはなかった。ボールポゼッションを、状況によってはリスクと考える人間が多い中、彼らはあくまでも勝利への最短距離であるとした。すべての選手が、信じられないほどの精度で同じ方向を目指した――それが成功した最大の要因だった。

続投なら協会は強く「ザック支持」を伝えるべき

 わたしは、事ここに至ったからにはザッケローニ監督を解任するのが一番手っとり早い修正案だと思う。コンフェデ杯イタリア戦での日本には、まだ自分たちのサッカーに対するプライドや夢があった。守備はズタズタにやられたが、それは相手も同じことだった。何より、あの時の日本には、日本人以外にも愛される魅力があった。

クラシコより熱いバイエルンVSドルト

 古くは70年代初頭のアヤックス、最近ではバルセロナ。サッカーの世界には、時折、全世界のサッカー観に影響を与えるようなチームの出現がある。  だが、同じ時代の同じリーグに複数の革命的存在が同居したことは、かつてなかった。グアルディオラのバルサがとてつもないサッカーを披露し始めた時、レアル・マドリードは“銀河系軍団”ではなくなっていた。逆に、ジダンたちが我が世の春を謳歌していた時、バルサのサッカーに見るべきところは多くなかった。

バルサに対抗 ドルトの獰猛カウンター

 ここ数年、世界のサッカーの中心にあったのはバルセロナだった。「ポゼッション」という概念がかくも広大に、またかくも急速に広まったのは、グアルディオラに率いられたチームの展開するサッカーが、素晴らしく革新的で魅力的だったからに他ならない。日本においても、トップクラスのチームのみならず、名もないアマチュアのクラブでさえ目指すサッカーの方向性を聞かれれば「ポゼッション」と返すようになった。ちょっと重圧を受けただけで安全第一のサッカーをやってしまうチームでさえも、理想はあくまでもバルサだった。

2ステージ制は断じて“劇薬”ではない

 このままではいけない? 何か手を打つ必要がある? まったくの同感だ。あまり賛成はできないが、大会方式を変えてみるのもいいだろう。このやり方ならば、1ステージ制では到底優勝など望めないチームにも可能性は出てくる。  だが、考えるべきは、もっと本質的な部分ではないのか?

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