ヤンキースから8年ぶりにカープ復帰した黒田博樹は、キャンプ地の沖縄に入るなり、約80メートルの遠投を行った。その後は小林幹英投手コーチを相手に35球ほどボールを投げた。 テレビで遠投を見ていて感心した。「いい回転のボー […]
この1月、競技者表彰プレーヤー部門で野球殿堂入りを果たした古田敦也(元東京ヤクルト)は、球界の恩人として野村克也や若松勉とともに、現全日本野球協会副会長の鈴木義信の名前をあげた。
「バッター一本でも成功するのは大変なのに二刀流なんて……。私の本音は“ふざけんじゃないよ!”ですよ」 憤懣やる方ない表情で、こう吐き捨てたのはノムさんこと野村克也である。今から2年前、大谷翔平の北海道日本ハム入りが決まった直後のことだ。
プロから指名されなかった古田は社会人野球のトヨタ自動車に進む。これが結果的には吉と出た。 日本代表メンバーに選ばれ、1988年のソウル五輪に出場。日本代表では野茂英雄、潮崎哲也、石井丈裕、渡辺智男らそうそうたるピッチャーのボールを受けた。 「これは自信になりました。というより“何で、コイツらがプロに行ってないんや?”と思ったものです。皆、ストレートは楽に150キロ前後出るし、変化球はビュッと曲がる。西村龍次や、湯舟敏郎もドラフト1位ですけど、彼らですら、あの頃の日本代表には常時、入っていませんでしたから」
またしても掛け声倒れに終わるのか、それとも今度こそ成果をあげることができるのか。「3時間以内(9回)」を目標に掲げるNPBの熊崎勝彦コミッショナーが、キャンプ視察先の宮崎で試合時間短縮の必要性を熱弁した。 「6時に試合が始まり、9時くらいには終わって家に帰れるのが理想。野球は終盤の7、8、9回がおもしろい。それを見ずして(家路につく)ファンは気の毒。9時までに終われば地上波の放送枠にも収まる。(試合時間短縮を)私は本気で取り組む」
ファーストミットを持つ姿もだいぶ様になってきた。キャッチャーからファーストにコンバートされた巨人・阿部慎之助がキャンプ地の宮崎で、はつらつとした動きを披露している。
前東北楽天監督の星野仙一をして「日本一の投手コーチ」と言わしめた福岡ソフトバンクの投手コーチ佐藤義則が昨秋のキャンプで、投手陣に出した注文はシンプルである。「変化球、特にカーブとスライダーは、いつでもストライクを投げら […]
大横綱から「子供が見てもわかる相撲」とまで言われれば、勝負審判も声を上げないわけにはいかない。満座で恥をかかされたようなものだ。ビデオ室に詰めていた錣山親方は、こう反論した。「白鵬の右足甲がつくのが早かったが、稀勢の里も両足が浮いて死に体。何度もスローで確認した。取り直しが妥当」
指導者経験のない者が、いきなり監督(1軍)をやっても成功しない――。 プロ野球の世界では、それが定説だったが、近年は必ずしもそうとは言えないようだ。
今年度の野球殿堂入りが発表され、プレーヤー表彰では元東京ヤクルトの古田敦也がただ1人選ばれた。古田は1990年にドラフト2位でプロ入り。攻守にわたる扇の要として、ヤクルトをリーグ優勝5回、日本一4回に導いた。大学、社会人経由では初の2000本安打を達成し、MVP2回、ベストナイン9回、ゴールデングラブ賞10回、首位打者1回と、数々のタイトルを手に入れた。現役生活の18年で、古田はかつて自らのプロ入りを阻んだ「眼鏡をかけたキャッチャーは大成しない」という球界の迷信を見事に払拭した。球史に残る名捕手の技と頭脳に触れてみよう。
「私の履歴書」といえば、日本経済新聞の名物連載である。元日からは王貞治・福岡ソフトバンク会長が登場している。 数多くのアンタッチャブル・レコードを保持している王だが、通算四球2390、通算故意四球(敬遠)427という記録は、この先、どれだけプロ野球が続いても、まず抜かれることはあるまい。ちなみに通算四球2位は落合博満の1475、敬遠2位は張本勲の228。王の足元にも及ばない。
ライトフライ級のリミットが48.9キロであるのに対し、スーパーフライ級のそれは52.1キロ。ボクシングの世界において、3.2キロの体重差は大きな意味を持つ。パンチの重みが格段に違うのだ。ひとつの被弾が命取りになりかねない。
1975年の初優勝は、球団創設26年目だった。もし今季、カープが優勝を果たせば24年ぶりだ。ファンの中には前回の優勝を知らない者も増えてきた。 過日、初優勝時の主役のひとり衣笠祥雄と会った。優勝が間近に迫ってからのプレ […]
6434人の死者を出した阪神・淡路大震災から20年の節目の今年、オリックスが勝負に出た。補強に総額約42億円もの大金を投じたのは、球団の優勝に懸ける意気込みの表れである。 埼玉西武の元主砲で米国で、昨季まで2年間プレーしていた中島裕之、2010年の打点王・小谷野栄一(前北海道日本ハム)を相次いで獲得し、新外国人もトニ・ブランコ(前横浜DeNA)、ブライアン・バリントン(前広島)と実績のあるところを揃えた。
プロ野球における名投手コーチと言えば、真っ先に頭に浮かぶのが元中日コーチの権藤博である。 中日、近鉄、ダイエー、横浜、中日とのべ5球団でコーチを務めた。 1998年にはバッテリーチーフコーチから監督に昇格し、チームを38年ぶりのリーグ優勝、日本一に導いた。
一気に“父”を超えられるか。大相撲初場所で横綱・白鵬の幕内優勝最多記録の更新が懸かっている。先の九州場所では32回目の賜杯を手にし、“角界の父”と慕う大横綱・大鵬の記録に並んだ。大鵬といえば、約10年もの間、角界の頂点に立ち続け、昭和の時代を彩った象徴的存在である。V9を達成した巨人とともに、子供たちの好きなものの代表として「巨人・大鵬・卵焼き」と称されるほど、抜群の人気を誇った。名横綱の圧倒的な強さがうかがえるエピソードを、2005年の原稿で振り返る。
〽虹の地平をあゆみ出て〜。札幌の街に足を踏み入れると、条件反射のようにトワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」を口ずさんでしまうのは、もちろん1972年に開催されたアジア初の冬季五輪・札幌大会の影響によるものである。
「当然、今回も(総合優勝を)狙いに行くんですけど、実際のピークは次なんですよ。今回はプレッシャーが少ない中で、勝てればいいなと……」 箱根駅伝の3週間前、青山学院大学陸上競技部の原晋監督は東京・町田の合宿所で、そう語った。 総合優勝を狙えるだけの力は身に付けた。しかし、まだウチが本命だと言い切れるだけの自信はない――。そんなニュアンスだった。
黒田博樹の8年ぶりのカープ復帰が決まり、広島のまちは早くもお祭りムードに包まれている。 広島出身のバンド「ポルノグラフィティ」は紅白歌合戦で「来年は、カープに黒田が帰ってきます。優勝するんです! 広島が盛り上がります! […]
サンフランシスコを本拠地としたフジアスレチックスは米国における日系人初の野球チームと言われている。このチームは強く、ゲームが終わりに近付くと、すぐ球場から逃げ出せるようにと用具類など荷物をまとめてベンチの隅に置くのを常とした。なぜなら、負けたチームが腹いせとばかりに襲いかかってくることがままあったらからである。日系人への偏見が、その背景にはあった。
最速157キロを誇る、東北楽天のドラフト1位ルーキー安樂智大の背番号が「20」に決まった。 当初、本人は田中将大(ヤンキース)が2013年まで背負っていたエースナンバーの「18」を希望していたが、これは球団から却下された。
それで驚いていてはいけない。実は、彼は最大の武器を封印しているのである。 スプリング・トレーニング(春季キャンプ)で、経験豊富なコーチ陣をして「おまえ、そのボールいつ覚えたんだ?」と仰天せしめたD難度のボールである。
放言癖で知られる麻生太郎財務大臣だが、これは珍しく正論である。「オリンピックの種目になるのに税金がかかるのはいかがか」。政府・与党内で検討していたゴルフ場利用税の廃止が、またもや見送られた。
10年も離れて暮らしていれば、空白の時間を埋めるのは容易ではない。元よりこの2人は、人生観も違えば、金銭感覚も異なるのだ。どうすれば元の鞘に収まるのか。 仲違いしたどこかの夫婦のことを言っているのではない。世間を騒がせているbjリーグとNBLのことだ。片や地域密着を理念とするプロリーグ。片や社威発揚、福利厚生を前提とする実業団が主流のリーグ。どこまで行っても水と油の関係だ。
「カープは“たる募金”から生まれた市民球団。そんなファンの善意が実って選ばれた賞。ただの流行ではなく、これからも続いていく。来年は絶対に優勝したい」 広島カープを熱烈に応援する女性ファンを表す「カープ女子」が、その年、話題になった言葉に贈られる「ユーキャン新語・流行語大賞」年間トップ10に選ばれた。 先のセリフは、授賞式での広島県出身のモデル大井智保子から発せられたものだ。