プロ野球
プロ野球選手として大成する条件は何か。 ピッチャーならボールが遅いよりは速い方がいいだろう。コントロールが悪いよりは良い方がいいだろう。
球春到来――今月1日からプロ野球では12球団一斉に春季キャンプがスタートしました。20日からはオープン戦が始まり、いよいよ実戦モードに突入です。今年はスタートから天候に恵まれず、苦労した球団も多かったようです。そのため、練習環境の違いによって仕上がり具合の差も出てきています。開幕はパ・リーグが3月20日、セ・リーグが26日。どちらも1カ月を切っているだけに、これからの調整が重要になってくるでしょう。
「球数制限のエース」 「岩隈の頭は何とかならんのか」 「投手陣に“岩隈病”が蔓延している」 これだけこき下ろされれば、言った側に悪意はなくても、言われた当人はグサッとくるものだ。
巨人、阪神などで活躍した小林繁氏が去る1月17日、心筋梗塞による心不全のため急死した。まだ57歳だった。
人気者だったボビー・バレンタインの後を継いだわけだから立場的には大変である。 昨秋、千葉ロッテの監督に就任した西村徳文は自他ともに認める「叩き上げの男」である。
菊池雄星(埼玉西武)の登録名が「雄星」に決まった。うーん。少しでも野球に興味のある日本人なら、花巻東高から西武に入団したあの菊池は「雄星」という印象的な名前の持ち主であることは知っているはずだ。あえて「雄星」にしてアピールするまでもないだろうに。それに「ユウセイ」の4音より、「キクチ」という鋭角的な3音のほうが声援としては締まるような気がする。
プロ野球のカウントコールは今季からストライクよりもボールが先になる。 つまり「ワンストライクツーボール」は「ツーボールワンストライク」となる。
巨人、阪神でエースとして活躍した小林繁氏(北海道日本ハム1軍投手コーチ)が1月17日、心不全で急死した。57歳だった。小林氏といえば“江川事件”について触れないわけにはいかない。
昨シーズン、ニューヨーク・ヤンキースで自身初のワールドチャンピオンに輝き、MVPを獲得した松井秀喜選手。オフには彼の移籍がいろいろと取り沙汰されていましたが、来シーズンはロサンゼルス・エンゼルスでプレーすることが決定しました。同じアメリカンリーグ西地区にはイチローが所属するシアトル・マリナーズがあります。日本が生み出した2大スーパースターの対戦は私たち日本人にとっては非常に楽しみですね。
和田一浩、小池正晃、英智、藤井淳志、平田良介、野本圭……ベテランから中堅、若手と強豪がひしめき、毎年のように激しいレギュラー争いが繰り広げられているのが中日の外野陣だ。その激戦地に果敢に挑もうとしているルーキーがいる。昨秋のドラフト4位で指名された松井佑介だ。落合博満監督も「(新人の中で)一番試合に出られる可能性があるのは外野手」と明言しており、可能性は決して小さくはない。開幕一軍入りを目指し、日々トレーニングに励む松井に今の心境を語ってもらった。
2010年のプロ野球、最大の注目は埼玉西武に入団した球界最年長投手・工藤公康と超高校級左腕・菊池雄星の“競演”である。
昨秋のドラフト会議、12球団で最も多い3人のキャッチャーを指名したのがリーグ3連覇、7年ぶりの日本一を達成した巨人だ。その一人がアマトップクラスのスローイングを誇る市川友也だ。球団が彼に用意した背番号は、V9時代の正捕手、森昌彦(現・祇晶)氏以来となる背番号「27」。そのことからも、彼への期待の大きさがうかがい知れる。家族全員が巨人ファンという市川。そして自らも幼少時代から巨人ファンだったという。奇しくも、東海大相模高、東海大と、原辰徳監督と同じ道を歩んできた彼が、2年間の社会人経験を経て今、 “ポスト阿部”候補に名乗りを上げた。
生まれも育ちも千葉県。少年時代には何度も千葉ロッテマリーンズの応援にマリンスタジアムを訪れ、高校時代には予選でスタジアムのマウンドを踏んだ。そんな生粋の千葉県人である清田育宏が昨秋のドラフトで地元球団ロッテから指名を受けた。「12球団OKとは言っていたけど、やっぱりロッテに指名されたかった」と清田。しかし、上位指名を狙っていた彼にとって4位という順位は予想外だった。自分へのふがいなさに、すぐにプロ入りを決断することができなかった。そんな彼がプロ入りを決意した理由は何だったのか。その真相に迫った。
地味だけど勝負強い男――。北海道日本ハムの内野手・小谷野栄一の第一印象を一言で言い表せば、こうなる。 敗れはしたものの、昨季の巨人との日本シリーズで小谷野は一躍、全国区となった。
経験した仕事の数ではNPB選手の中でナンバーワンかもしれない。銀行マン、運転代行業者、パチンコ店員……。「野球をやって生活したい」。松井宏次は華やかな舞台とは遠いところにあっても、決して自分の夢を諦めなかった。その思いは今、ようやく花開く。つい2年前まで働きながらクラブチームでプレーしていた男は、今季から正真正銘、野球が職業になった。四国・九州アイランドリーグを経てNPBの世界に飛びこむ25歳が、これまでの苦労人人生を振り返る。
メジャーリーグに移籍した日本人選手の多くは、アメリカ社会に“消費”されている――これまで意識的にそう書いてきた。 その一例として、昨年までの松坂大輔(レッドソックス)を挙げることができる。ご承知のようにレッドソックスは、約60億円の大金を投じてポスティングで松坂を獲得した。メジャーでの松坂は、まだその金額ほどの大活躍はしていないというのが大方の感想だろう。
2009年、オリックスは前年2位から再び最下位へと転落した。その要因がどこにあるのかは12球団ワーストの防御率4.58を見れば明らかだ。新監督に就任した岡田彰布監督はドラフトで5人全員、投手を指名。再建への構想は既に出来上がっている。その“岡田構想”の一人として選ばれたのが左腕・阿南徹だ。大学時代はプロは遠い存在だったという阿南。社会人3年間でどんな成長を遂げたのか。
2年目の急成長だった。NPBを目指し、大学を中退。四国・九州アイランドリーグの門を叩いた荒張裕司は2年目の2009シーズン、徳島インディゴソックスの正捕手として全試合に出場し、打率.301の好成績を残した。そしてリーグ選抜の一員として出場したフェニックス・リーグ、北海道日本ハム・梨田昌孝監督の目に留まる。「肩が強くていい」。好評価を受け、ドラフト指名を勝ち取った。1950年代に近鉄でプレーした大石雅昭さん(故人)を祖父に持つ20歳のルーキーに新天地での決意を訊いた。
プロ野球のピッチャーにとってボールの遅さは致命的である。 たとえばルーキーがキャンプ地のブルペンに初めて入ったとしよう。両脇で150キロの剛速球をビュンビュン投げている先輩がいる。 翻って自分のストレートは130キロそこそこ。もうそれだけで「オレはこの世界では喰っていくのはムリ」と自信を喪失してしまう。
1年春から先発の一角を担い続けてきた大塚豊。東京新大学野球リーグでは異彩を放ち、数々の栄光をつかんできた。その大塚が今年、全国の舞台でスカウトの度肝を抜く活躍を見せた。全日本大学野球選手権で3試合連続無四球完投勝利をやってのけたのだ。舞台が大きければ大きいほど燃えるという大塚。3種類のフォークボールを自在に操る右腕にプロへの意気込みを訊いた。
「心で勝て 次に技で勝て 故に練習は実戦 実戦は練習」――創価大学硬式野球部のグラウンド脇にある石碑の言葉だ。創価大野球部員は毎日この言葉を刻み込んでから練習に入る。昨秋から今春にかけて苦しい時期を過ごした田上健一は、自らの経験によって、この言葉の重みを知った。そしてそれが、プロへの道を切り開いたことを今、実感している。果たしてそこにはどんなドラマがあったのか――。
2年連続最下位、しかも09年は勝率3割5分4厘と“底割れ”状態の横浜がオフは奮闘している。
2009年も残りわずかとなりましたね。今シーズンのプロ野球界はWBC連覇に始まり、巨人の7年ぶりの日本一達成で幕を閉じました。その日本代表および巨人の指揮官として素晴らしい成績を収めた原辰徳監督は世界最優秀監督に輝きました。これはもう、日本球界の誇りといっていいでしょう。さて、2010年はどんなシーズンになるのでしょうか。開幕が待ち遠しくて仕方ありません。
投手コーチとして千葉ロッテ、ヤクルト、福岡ダイエー(現ソフトバンク)、巨人の4球団を渡り歩き、7度のリーグ優勝、4度の日本一に貢献したのだから「優勝請負人」といっても過言ではあるまい。
社会人3年目、25歳で大きく開花した選手がいる。北海道日本ハム5位指名の増井浩俊だ。大渕隆スカウトディレクターも「今年は大きく成長した」とその活躍ぶりに目を細めた。その増井の成長の陰には、ある一人のキャッチャーとの出会いがあった。