その他スポーツ

長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第4回「悔いなき高校野球」

 長曽我部竜也が2年の夏、新田高校は愛媛県予選でベスト16にとどまった。前年は「まだ次がある」という気持ちがあった長曽我部だったが、この時はもうそんな余裕はなかった。入学時には5回あった甲子園へのチャンスは、いつの間にか春夏1回ずつを残すのみ。改めて甲子園に出場することの難しさを感じていた。そして新チームで臨んだ秋季大会も初戦敗退に終わり、センバツへの道は消滅。長曽我部はラストチャンスにすべてをかけるべく、それまで以上に練習に打ち込んだ。そして、最後の夏が訪れた――。

目標は天皇杯20位、えひめ国体へ戦力の見極めを 〜「2014長崎がんばらんば国体」展望〜

 第69回国民体育大会「2014長崎がんばらんば国体」は10月12日に開会式を迎える。開幕に先駆けて水泳とカヌー競技(スラローム、ワイルドウォーター)が既に実施されている。愛媛県勢では競泳の少年女子A200メートル平泳ぎで照喜納志帆(新田高)が5位、成年男子100メートルバタフライで三好悠介(東洋大)が8位と、それぞれ入賞した。

第276回 メイウェザー、2015年の対戦相手は?

 今年5月以来のダイレクト・リマッチとなった9月13日のマルコス・マイダナ戦で、無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーは3−0の判定勝ちを飾った。勝敗自体は文句のないもの。ただ、そのパフォーマンスに全盛期の輝きを見なかったファンは少なくないのではないか。  デヴュー以来無敗の47連勝(26KO)を続けてきたスピードスターも、いつの間にか37歳。現役生活の終盤に差し掛かっていることは間違いなく、衰えも少なからず感じられるようになってきた。今後は1戦1戦で、これまで以上の苦戦を余儀なくされても不思議はない。

第156回「応援していたら応援されていた 〜ツール・ド・東北〜」

 今年も三陸の人々は温かかった。走る選手達を応援し続ける人たち、エイドステーション(補給所)で選手に食べ物を配るボランティアスタッフ。皆が笑顔で、一所懸命に選手を歓迎しているのが伝わってくる。でもその向こうに見えるのは震災の傷跡……。いろいろな想いを巡らせながら、僕たちはペダルを踏み続けた。

長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第3回「待ち受けていた“野次”と“ケガ”」

 野球を始めたきっかけが兄へのライバル心なら、厳しい父親の指導のもと、野球を続けた理由のひとつもまた兄の存在だったという長曽我部竜也。彼が兄と同じ新田高校を進学先に選んだのも必然だったのだろう。そしてもうひとり、長曽我部に大きな影響を与えた人物がいる。現在、同校野球部監督で、当時はコーチを務めていた岡田茂雄だ。 「絶対に新田に来いよ」  兄の練習を見に、高校のグラウンドを訪れると、必ずと言っていいほど岡田にそう声をかけられたという。長曽我部もまた、情熱的に指導する岡田の姿に魅了され、「岡田先生と一緒にやりたい」という気持ちが強くなっていった。そして2008年、長曽我部は新田高校野球部の一員となった。

長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第2回「“星一徹”張りの父親の存在」

「兄ちゃんばっかり、ずるい。僕にも教えて!」  そう言って、4つ上の兄にライバル心を燃やしたのが、長曽我部竜也の野球人生のスタートだった。父・大介は当時のことをこう語る。 「長男が小学校に入ってソフトボールをやり始めたんです。それで私が教えていたら、まだ幼稚園の年中くらいの竜也が『僕もやりたい』って言って来たんです。お兄ちゃんにやきもちをやいたんでしょうね。ブカブカの大きなグローブをはめて、一緒にやっていましたよ(笑)。負けたくない一心からか、ボールに対してはまったく怖がらなかったですね」  父・大介は当時のことを思い出したのだろう。電話の向こうで、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

第275回 “ジーター以降”のヤンキースを憂う

「余計なことを考えず、頭にあるのはヒットを打つことだけ。ただ、打てる球が来たらスイングする。僕のアプローチはキャリアを通じていつも同じで、投手によって変えたりはしないんだ。ただ……もしかしたら変えるべきときもあったのかもしれないけどね(笑)」  9月上旬、今季限りでの引退を発表しているデレク・ジーターに、ある日本人投手の攻略法について訊いたときのこと。そんな答えを返してくれたジーターの爽やかな表情が忘れられない。

元バレーボール選手・大山加奈さんとの対談後編を配信! 〜喘息情報サイト「Zensoku.jp」〜

 グラクソ・スミスクライン株式会社が運営する喘息情報ウェブサイトにて、当HP編集長・二宮清純がナビゲーターを務める対談シリーズ「二宮清純のゼンソク人間学」が好評配信中です。このシリーズでは幼い頃から喘息に悩まされてきた二宮が、病気を克服して活躍しているスポーツ選手、元選手と対談。喘息をいかに乗り越えるかというテーマで話を進める中で、この病気への理解を深め、患者さんを勇気づけることを目指しています。今回は“パワフル・カナ”のニックネームで親しまれた元バレーボール選手の大山加奈さんと、喘息の専門医で社会医療法人宏潤会理事長の吉川公章先生との対談を実施。その後編を公開しました!

長曽我部竜也(亜細亜大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第1回「崖っぷちでの原点回帰」

 今春、東都大学野球リーグでは新たな歴史の1ページが刻まれた。亜細亜大学が、戦後史上初となる6季連続優勝を達成したのだ。「戦国」とも言われるほど、強豪揃いの同リーグにおいて、この記録はまさに快挙。その立役者となったのが、國學院大学との優勝決定戦、最終戦で決勝打を放った長曽我部竜也である。しかし、決してチームは順風満帆だったわけではなかった。長曽我部はこう語る。 「最初は優勝どころか、監督には『2部降格もある』と言われていたんです」  そんなチームを優勝へと導いたのは、長曽我部たち4年生の結束力だった。

全国初の「多世代健康まちづくり」プロジェクト、長岡市で始動

 26日、「一般社団法人 地域活性化・健康事業コンソーシアム」の発起法人であるbjリーグ(株式会社日本プロバスケットボールリーグ)が都内で会見を開き、今年11月から新潟県長岡市で本格的に始動する「『多世代健康まちづくり』プロジェクト」への参画ならびにその概要を発表した。同プロジェクトの第1弾として、bjリーグ、株式会社タニタ、慶応義塾大学大学院健康マネジメント研究科、システムデザイン・マネジメント研究科の教授がアドバイスしながら、新しい視点で長岡市がこれまで“健康”をテーマに推進してきた中心市街地の整備を進めていく。bjリーグはスポーツ関連のコンテンツ、スキル、ノウハウを市民の健康生活に活用できるように提供。タニタは健康づくりのリソースを活用し、医療費削減効果が期待できる「タニタ健康プログラム」を長岡市の環境に適応した形にリファインする。またタニタは中心市街地の飲食店でタニタ食堂のヘルシー定食を提供し、回遊運動と健康的な食習慣を同時に可能とする「まちなかまるごとタニタ食堂」を展開。そして同社が開発してきた新業態の健康カフェ「TANITA CAFE」を街中に出店し、様々なサービスや情報を発信する。

南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)最終回「日の丸を背負うストライカーへ」

「代表のユニフォームを着て、初めて君が代を聞いた時は鳥肌が立ちました」  2013年8月、南野亜里沙は日本女子代表としてロシア・カザンで開催されたユニバーシアード(ユニバ)に臨んだ。中学3年生の時は、U−15日本女子代表候補になったものの、最終メンバーには残れなかった。それだけに、南野にとって念願の代表初選出だった。しかし、彼女は嬉しさと同時に、ある悔しさも味わっていた。南野はユニバ代表では関東学園大で務めていたFWではなく、DFとして選手登録されたのだ。

第155回「しまなみ海道サイクリングの人気を探る」

 日本の中だけではそこまで価値を見出されないが、海外から絶賛されると国内でも、というケースは意外に多い。日本人がシャイで自信を持てないのか、足元にあるいいものに気が付かないのか。芸術、音楽の世界はもちろん、工業製品からコンビニの便利さ、治安の良さなどなど……。国内にいると当たり前と思っていることが、海外から見ると「Cool!」となるわけだ。つい先日も、海外から絶賛を受けて急激に人が増えているというところに行ってきた。それは「西瀬戸自動車道」、通称「しまなみ海道」。ここは建設当初、「こんなにお金をかけてどうするんだ」と非難の声が多かった場所だが、今では国内外から沢山の人を呼び寄せている。

南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)第3回「備えていた点取り屋の資質」

 徳島県外の高校で勝負する――。高校の進路を決めるにあたり、南野亜里沙と父・敬二は話し合ってこの決断に至った。なぜなら、当時、徳島県には女子サッカー部のある高校が1校しかなかったからだ。南野は複数の高校の練習に参加した末に、作陽高校(岡山)への進学を決意した。入学前の作陽女子サッカー部は創部間もないこともあり、部員数が11人未満だったという。それでも進学を決めた理由として、父・敬二は「練習参加した時にトレーニングの楽しさに惹かれたようです」と教えてくれた。また、作陽はなでしこリーグの岡山湯郷Belleの下部組織でもあるため、間近で宮間あや、福元美穂といった日本代表で活躍するトッププレーヤーに触れられるのも魅力だった。

第274回 トンネルの向こうに光は見えたか 〜ニューヨーク・メッツの近未来〜

「ブルペンでの状態は良かった。90マイル台前半から中盤くらいまではラクに投げられるように感じたよ。まだやるべきことは残っているけど、少しでも早く復帰したいという気持ちに変わりはない」  8月14日、ESPNラジオのインタヴューに応えたマット・ハービーのそんな言葉を聴いて、来季への希望を膨らませたメッツファンは多かったはずだ。

南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)第2回「U−15代表落選後に流した悔し涙」

 幼い頃から、南野亜里沙の周りにはサッカーがあった。彼女はサッカーを始めたきっかけを「父の影響」と語る。南野の父・敬二は、長く社会人チームでプレーしていた。その父の練習や試合に、彼女はいつもついていった。父・敬二は「生後3カ月くらいから、よく連れて行っていましたね。私のサッカー仲間にもよく遊んでもらっていました」と当時を振り返った。小学校入学後、父親に「チームに入ってサッカーをやりたいか?」と聞かれ、「やりたい!」と答えたのは必然だったといえるだろう。南野は父親の知人のいる女子クラブチーム・板野プリマヴェーラに入団し、本格的にサッカーを始めることになった。

南野亜里沙(ノジマステラ神奈川相模原/徳島県板野郡板野町出身)第1回「ノビシロ十分な“新人”ストライカー」

 将来、なでしこジャパンのユニフォームに袖を通すであろう選手がいる。ピッチを所せましと躍動し、ゴールを決めてチームを勝利に導く。彼女の名は南野亜里沙。今季からノジマステラ神奈川相模原(なでしこチャレンジリーグ)でプレーする22歳だ。ポジションはFWで、関東学園大学4年時だった昨年は、関東大学女子サッカーリーグ1部で得点女王(12点)に輝いた。チャレンジリーグ1年目の今年は、ルーキーながら第15節終了時点で11ゴールを挙げて得点ランキング5位。高い決定力で1部のなでしこリーグ昇格を狙うチームを支えている。

第273回 ボクシング界2大スター、次期防衛戦の背景を探る

 9月13日 ラスベガス/MGMグランドガーデン・アリーナ  WBA・WBC世界ウェルター級、スーパーウェルター級王者 (アメリカ/46戦全勝(26KO)) vs.  元WBA世界スーパーライト級、ウェルター級王者 (アルゼンチン/35勝(31KO)4敗) 「再戦も良いじゃないか。ファンが望む試合をこなしていきたいんだ。みんながメイウェザー対マイダナの第2戦を観たいなら、それをお届けするまでさ」  ニューヨークで行なわれたキックオフ会見の際、無敗の5階級制覇王者、メイウェザーはそう語っていた。

有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第4回 野球人生の集大成

 2014年5月25日、東京大学は春のリーグ最終戦を迎えていた。相手は史上最多44回の優勝を誇る法政大学。有井祐人は前日に続いてのスタメン出場となった。開幕前にヒザを故障した有井は前日、シーズン初のスタメン入りを果たしていた。だが、2打席連続で三振した有井に、浜田一志監督は交代を命じた。 「これで明日の最終戦でのスタメンはないな、と思いました。2打席とも、あまりにも内容の悪い三振でしたから……」  ところが翌日、打順は6番に下がったものの、有井は再びスタメンに選ばれたのだ。気合いが入らないわけはなかった。しかし、それが空回りする。1打席目、またも三振。果たして、このまま最後の春を終えてしまうのか――。

有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第3回「『お父さん』と呼べなかった週末」

「ちょっと観に行ってみようか」――父・豊のこの言葉が、有井祐人の野球人生の始まりだった。子どもの頃、有井は週末になると、父親と一緒によく港に釣りに出かけた。「小さいうちに、自然を学ばせたかった」という気持ちが、豊にはあった。その2人が釣りをしていたすぐ隣のグラウンドでは、リトルリーグの練習が行なわれていた。「カキーン」という金属バットの音を聞いては、豊はソフトボールをやっていた学生時代を思い出していた。そんなある日のこと、有井が小学3年の時だ。豊が練習を見学に行こうと言い出した。 「その日は魚も釣れないし、ちょっと隣のグラウンドを観に行ってから、帰ろうかなと思ったんです」  まさか、このひと言が親子の人生を大きく変えることになろうとは、知る由もなかった。

第272回 レブロン・ジェームス、故郷に帰る

 7月11日、NBAに、いや米スポーツ界全体に衝撃が走った。マイアミ・ヒートとの契約をオプトアウトしてFAになっていたレブロン・ジェームスが、「スポーツ・イラストレイテッド」誌の電子版で手記をリリースした。オハイオ州アクロン出身のレブロンにとって地元チームであるクリーブランド・キャバリアーズ(以下、キャブズ)への復帰を、そこで表明したのである。

第154回「This is Sports!!」

 この夏、世界を夢中にしたサッカーのワールドカップ(W杯)。開催地ブラジルとの時差もあり、寝不足が続いていた人も多かったのではないだろうか。予想外の展開、結果に喜んだり驚いたり……。普段はそれほどサッカーを見ていない人にも、世界の技は十分に見応えがあったことだろう。個人的には、ゲームのほとんどを支配したり優勢に進めていたにもかかわらず、相手にワンチャンスを決められて敗退したり、流れを変えられてしまうシーンを何度も目のあたりにし、サッカーの残酷さと難しさをヒシヒシと感じることが多かった。逆にいうと、これがロースコアで争われるこのスポーツの面白いところなのだろう。

有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第2回「恩師を驚かせた野球への情熱」

 今から4年前のことだ。現在、愛媛県の松山城西ボーイズの総監督を務める二宮惠信の元に、1通のメールが届いた。小学3年から中学3年までの7年間、愛媛リトルリーグ、松山ファイターズ(現城西ボーイズ)で指導した有井祐人からだった。メールを開くと、そこには驚きの内容が書かれてあった。 「まさか、こんな思いを抱きながら高校3年間を過ごしていたとは……」  衝撃にも似た感情とともに、二宮には喜びがこみ上げてきていた――。

有井祐人(東京大学硬式野球部/愛媛県松山市出身)第1回「たかが1勝、されど1勝」

「1勝」――。彼らほど、この重みと価値を感じている者たちはいないのではないか。東京大学野球部である。今年の春季リーグ、東大は全敗を喫した。これで2010年秋から続く連敗記録は76となり、東京六大学野球リーグのワースト記録を更新中だ。大学野球の雄である東京六大学野球には、プロ野球選手を多数輩出している私立の強豪校がズラリと並ぶ。その中で東大は唯一の国立大学。推薦枠もなく、甲子園経験者は皆無に近い。実力差は歴然である。だが、彼らは決して負けを当然とは思ってはいない。1勝に賭ける思いは、他大学を凌ぐと自負する。なかでも「六大学で野球をやるために東大を受験した」という熱い男がいる。主将の有井祐人だ。

第271回 田中、ダルビッシュは? MLB前半戦のMVP、サイ・ヤング賞

【サイ・ヤング賞】 ア・リーグ  (マリナーズ/10勝2敗、防御率2.10) 次点  (ヤンキース/11勝3敗、同2.10)  7月3日の登板前時点ではヘルナンデスと田中はどちらも防御率2.10で、勝ち星では田中が1つ上回っている。しかし、投球回、奪三振、WHIP、被打率などではすべて“キング・フェリックス”が上だけに、そちらの方に軍配を上げるべきだろう。特に被本塁打では田中が13本、ヘルナンデスが4本と差がついており、本拠地とするスタジアムのサイズを考慮しても、内容的にはマリナーズのエースがやや上である。

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