金子達仁
どれほど偉大なタレントを揃え、優秀なコーチングスタッフに支えられたチームであっても、避けて通ることのできない道がある。 不調という名の茨道である。 好調時と同じように練習し、コンディションを保っていても、なぜか結果が、内容が伴わなくなってしまう。表面上は何一つ変わったところはないのに、試合になると違ったチームになってしまう。なぜそうなるのか。そのメカニズムを解明した者はいない。
「この敗北を、ゆえにわたしは感謝する」と書いた五輪予選シリア戦のコラムについて、あちこちで「意外だった」と声をかけられた。どうやら、猛烈に激怒している原稿を期待されてしまっていたらしい。 確かに、日本の試合内容は相当にお粗末だった。専門誌風に採点をつけるとしたら、ほとんどの選手が最低か、それに準ずる点数になってしまっていたことだろう。合格点どころか、及第点をつけられる選手さえいなかった。「なんてナイーブな選手ばかりなんだろう」というのが、シリア戦から受けた率直な感想である。これがA代表の試合であれば、怒りを通り越して失笑してしまっていたかもしれない。
松田直樹さんにとって最後のクラブとなった松本山雅が、長野県のチームとしては初めてJ2に昇格した。チームカラーのグリーンで埋めつくされるスタジアムの雰囲気には独特のものがあり、新シーズンのJ2に新たな彩りを加えてくれることは確実である。
昨日は「久しぶりにテニスを見た!」という方も多かったことだろう。どこの国でもそうだろうが、とかく日本人は海外で自国民が活躍するニュースに弱い。 スポーツ選手の躍進は、日本人としてのプライドを大いにくすぐってくれるものらしい。おそらくは各方面から「感動した」といったコメントが出てくるだろうが、そろそろ結果を消費するだけでなく、生み出すために何かをしようという機運は出てこないものか。感動するだけして、あとはポイ捨て。そういう扱われ方をしてきたスポーツが、この国はあまりにも多すぎる。
今季のJリーグは後に「歴史的ターニングポイント」として記憶されるシーズンになるかもしれない。 まず注目したいのは、今年から導入されるクラブライセンス制度である。一時は凋落の一途をたどっていたブンデスリーガがギリギリのところで踏みとどまり、やがて再上昇のカーブを描くことができたのは、厳密なライセンス制度によって健全な財政状態が保たれていたからでもある。
日本人以外のノーベル賞受賞者について知っている日本人は、いったいどれだけいるだろう。だが、サッカーの世界最優秀選手であれば、かなりの数の日本人が知っている。これは、日本人に限ったことではない。世界中ほぼすべての地域で、リオネル・メッシの名前を知っている人は存在しているはずだ。 沢穂希が受賞したのは、そんな賞なのである。
96年のアトランタ五輪以降、日本サッカー界はほぼ毎年のように世界への挑戦を続けてきた。世界大会への出場は悲願ではなく常識となり、出場するだけで満足していた日本人は、世界大会での勝利を期待するようにもなった。 だが、いまだかつてこんな年はなかった。今年、日本サッカーが期待されるのは世界への挑戦、ではない。世界一への挑戦、である。
高さはおよそ300メートルほどの円錐形。頂点部分は病院になり、ホテル、スポーツクラブ、商業施設などが上層部には収まる。もちろん、下層部に位置するスタジアム部分も、エアコンが完備――。前回も書いたが、ドイツの建設会社で見せてもらった、カタールに造られる予定の最新型複合スタジアムの外観と概要は、言葉を失うほどに未来的だった。完成した暁には、サッカースタジアムとしてだけでなく、建築物としての魅力で世界中の観光客を呼び寄せることになろう。
沖縄にサッカー専用競技場を造るための調査検討委員会が設立され、わたしも、そのメンバーに選ばれた。いいものを造るためには、まずいいものを見る必要がある。そのため、後ろ髪を引かれつつもクラブW杯に背を向け、沖縄の関係者と駆け足で欧州を回ってきた。 正直、衝撃を受けている。
自分が点を取らないで1−0で勝つより、ハットトリックをして3−4で負ける方がいい――そう断言できる性格だったからこそ、釜本邦茂はゴールを量産することができた。ストライカーと呼ばれる人種にとって、ゴールとは生きがいであり原動力である。逆に言えば、ゴールから遠ざかってしまったストライカーは、他のポジションの選手がまず味わうことのない、追い詰められた精神状態に置かれることになる。
場所は、サンパウロからクルマで3時間ほど走ったところにある小洒落たワインバーだった。最初の質問に対する答えを聞いて、「このインタビューはダメだ」と思った。
運命の最終節が迫ってきた。J1では優勝をかけた三つ巴の戦いが、何の因果かすべてアウェーゲームで行われ、J2では昇格残り1枠をかけ、同勝ち点で並ぶ札幌と徳島が最後の力を振り絞る。待ち受けているのは歓喜か、それとも絶望か。ファンにとっては忘れえぬ週末となることだろう。 勝つのは、どこか。
バーレーンは野蛮だった。彼らは山田の顔面を踏みつけたプレーを故意ではなかったと強弁するかもしれないが、避けようとする気配がまるでなかったのも事実である。頭を踏むという行為は、格闘家であっても躊躇することがあるというのに、である。退場を宣告したイラン人主審の判断は、まったくもって妥当だった。
11月15日は横田めぐみさんが拉致されたとされる日でもあった。そんな日に、日本と北朝鮮がサッカーで対決する。決して少なくはない日本人サポーターが、北朝鮮に入国する。横田さんご夫妻はさぞ複雑な心境だったのではないか、と思う。 にもかかわらず、横田滋さんは「スポーツと政治は別物」と言い切られた。サッカーに携わる人間の一人として、まずそのことに深謝したい。
ロスタイムには、魔力がある。 全試合時間におけるほんの数%にしかすぎないこの時間帯に起きた出来事は、ほぼ終わりかけていた試合の印象をすべて塗り替えてしまう。時に劇的に、そして時に残酷に。
第1回のトヨタ杯で来日したノッティンガム・フォレストは、いわゆる“三段跳び”で話題を呼んだチームでもあった。 1段目はイングランド2部(当時)優勝、2段目は現在のプレミアにあたる1部での優勝、そして3段目は、欧州チャンピオンズ杯での優勝である。残念ながら、4段目となるトヨタ杯ではウルグアイのナシオナル・モンテビデオの前に屈してしまったが、1シーズンごとに頂点を究めていった彼らの躍進は、イングランド・リーグの層の厚さを証明するものでもあった。
両チームのサポーターは、すでに気もそぞろの状態かもしれない。負けていい試合、カップ戦などあるはずもないが、今回のナビスコ杯は、今季初のタイトルである。世紀を超えて語り継がれることになるあの大災害の年のタイトルである。サッカー界という枠を超えて、多くの人に記憶されるであろうタイトルである。アントラーズとレッズ、両チームにとっては、絶対に負けられない、クラブ史に残る決戦となる。
連日、タイの大洪水にまつわるニュースが大きく取り上げられている。その際、改めて言われているのがタイと日本の経済的な結びつき、関係性の深さである。どうやら、タイにとっても日本にとっても、互いの存在は不可欠といえるレベルにまで高まっていたらしい。 そろそろ、同じことがサッカー界にも起きていい。
先週の土曜日、天皇杯でJFLの松本山雅が横浜FCを破ったというニュースは、一般紙でもかなり大きく扱われた。大宮を破った福岡大の大殊勲も、新聞休刊日でなければもう少し大きく取り上げられていたことだろう。番狂わせこそはカップ戦最大の醍醐味であり、番狂わせにはニュースバリューがある。
現在のバルセロナにつながるサッカーの源流は、70年代のアヤックスとオランダ代表によって作られたといっても過言ではない。 リヌス・ミケルスが編み出し、ヨハン・クライフによって具現化された新しいスタイルは、武将の一騎打ち的な要素を持っていたそれまでのサッカーを、セピア色の思い出へと変えた。たっぷりとした時間と空間の中で思う存分に才能を発揮してきたブラジルの芸術家たちは、“ボール狩り”と呼ばれた集団歩兵戦法によって圧殺された。
J1だけで行われていた大会にJ2も加えようというナビスコ杯の変更案が、一度は決まったかに思われたものの、再び振り出しに戻ったという。 変更案を全面的に支持したというJ2側の論理も、反対したクラブが多かったというJ1の立場もわかる。J2側からすれば、目下のところ天皇杯で勝ち進むことでしか実現しないJ1勢との対決が、定期的に行えることになる。観客動員で大苦戦しているクラブが多いJ2にとっては、起死回生にも近いアイデアに見えることだろう。
開始15分間のサッカーにはいささか度肝を抜かれた。出し手、受け手に加えて第三の選手が攻撃にからむ。結成当時、永井の速さ以外に武器が見当たらなかったチームは、どこからでも決定的な形をつくれる集団に変貌を遂げていた。早い時間帯で先制点を奪えたことで、そこからはペースとレベルを落としてしまったものの、いい時間帯のサッカーは、これならば五輪でもメダルが狙えると確信させてくれるものだった。
まずは、ロンドン行きのチケットを獲得したなでしこたちに拍手を贈ろう。明らかに力の落ちる相手だったタイとの初戦をも含め、自分たちの良さを出せた試合、時間帯はほとんどなかった。特に、韓国、北朝鮮戦などは黒星がついていてもおかしくない内容だったが、終わって見れば周囲が期待した通りの首位通過である。さすがというしかない。
アジア杯準決勝の韓国戦は、ザッケローニ監督にとって教訓に満ちた試合だった。あの試合で、彼はイタリア人と日本人の基本的なメンタリティーの違いを理解した。時に専守防衛をも美学とするイタリアの常識が、日本では必ずしも常識ではないことを学び、以後、カテナチオの信奉者が見たら卒倒しかねない攻撃的なスタイルに重心を傾けてきた。あの試合は、間違いなくザッケローニ体制にとってのターニング・ポイントだった。
週末のJリーグで素晴らしいゴールを決めた柏の田中順也が日本代表に招集された。おそらくは、当の本人以上に周囲の仲間の方が驚き、興奮しているのではないか。それまで代表に縁のなかった選手であっても、内容と結果を残せばすぐにチャンスが与えられる。柏の選手たちは、その実例を目の当たりにしたからだ。当たり前のようで、長く日本のサッカー界では当たり前でなかったことが、ついに当たり前になりつつある。