プロ野球
真言宗智山派大本山・成田山新勝寺の門前町である成田市の出身。父・義明も新勝寺の職員だ。 野球の手ほどきをしたのは義明だが、ちゃぶ台をひっくり返すようなスパルタオヤジではなかった。 「僕のモットーは楽しく、楽しく。褒めちぎりながら野球をやらせましたよ」 温厚な声に人柄がにじんでいた。 「プロ野球選手? そんな気持ち、毛頭ないですよ。一生、野球というスポーツを楽しんでもらいたかっただけ。同じように僕も楽しもうと思って、息子の試合が終わると先生方とイッパイやる。これが好きでねぇ(笑)」
3年前、中田翔(北海道日本ハム)、由規(東京ヤクルト)とともに“ビッグ3”として、ドラフト1位で千葉ロッテに入団した唐川侑己。1年目から先発ローテーションに入り、将来のエースとして嘱望されてきた彼が今年、大きな花を咲かせようとしている。27日現在、チームトップの8勝(2敗)を挙げ、防御率1,77と安定したピッチングでチームに大きく貢献している。唐川のプロ4年目の飛躍に二宮清純が迫った。
さすらいのクローザーは、今日もマウンドに立っている。 BCリーグ・新潟アルビレックスBCの高津臣吾。今年11月には43歳を迎える。NPBでは歴代1位(当時)となる286セーブを記録。ヤクルト黄金時代の一翼を担った。2004年にはメジャーリーグに挑戦し、08年は韓国、10年には台湾でもプレーした。マイナーリーグも含め、さまざまな環境で野球を続けてきたサイドスローが貴重な経験談を二宮清純に語った。
かつて沢村賞はセ・リーグのピッチャーのみに与えられた。賞に名をとどめる沢村栄治が巨人の所属選手だったからだ。 パ・リーグのピッチャーでも受賞できるようになったのは89年からだ。今季の開幕前、東北楽天の田中将大が「沢村賞を目指す」と公言したのは記憶に新しい。 ところが、こちらの賞は今でもセパで一致を見ていない。 パの監督に贈られる最高の賞が「優勝監督賞」であるのに対し、セは「最優秀監督賞」なのだ。
プロ野球はオールスターが終了し、ペナントレースの後半戦がスタートします。セ・リーグでは東京ヤクルトが首位を独走していますが、2位・中日から5位・広島まではわずか2ゲーム差ですから、これからクライマックス・シリーズ進出をかけて熾烈な戦いとなることでしょう。一方のパ・リーグは福岡ソフトバンクと北海道日本ハムが激しい首位争いを繰り広げています。ソフトバンクがリーグトップのチーム打率2割6分5厘をマークしているのに対し、日本ハムはリーグトップのチーム防御率2.08を誇っています。果たして、ペナントレースを制するのは打のソフトバンクか、投の日本ハムか。後半戦も目が離せそうにありませんね。
『マツダオールスターゲーム2011』第3戦が24日、クリネックススタジアム宮城で行なわれた。全パは初回、3番・稲葉篤紀(北海道日本ハム)の2ランで先制。3回にも稲葉のタイムリーで加点すると、その後も小刻みに得点を追加し、計5点を奪う。投げては先発の田中将大(東北楽天)、ダルビッシュ有(日本ハム)らの豪華リレーで全セ打線を封じ、5−0で快勝した。
『マツダオールスターゲーム2011』第2戦が23日、QVCマリンフィールドで行なわれた。全パは初回、4番・中村剛也(埼玉西武)の2ランで先制。4回にも中村の2打席連続ホームランで加点すると、全セの反撃を継投でしのいで4−3で逃げ切り、前夜の雪辱を果たした。
『マツダオールスターゲーム2011』第1戦が22日、ナゴヤドームで行なわれた。序盤は効率よく得点を重ねた全パが試合の主導権を握るも、中盤に全セが一発攻勢で逆転。オールスター最多記録となる1イニング4発をマークし、初戦を制した。
パ・リーグの優勝争いは、早くも福岡ソフトバンクと北海道日本ハムの“2強”に絞られた観がある。
人気番組ゆえの騒動か。広島・野村謙二郎監督の退場劇が思わぬ波紋を広げている。
簑田浩二といえば、走攻守3拍子揃った外野手だった。阪急では83年に史上4人目のトリプルスリーを達成(打率.312、32本塁打、35盗塁)。8年連続でゴールデングラブ賞を獲得するなど、阪急黄金期を支えた。88年に巨人移籍後は、バイプレーヤーとして89年の日本一にも貢献している。セ・パ両リーグの常勝チームでプレーした簑田に、二宮清純が現役時代の思い出を聞いた。その一部を紹介する。
「3年後、必ずプロに行きたいと思います!」 熊代聖人と初めて会ったのは2008年10月のことだ。今治西高校(愛媛)から社会人野球の名門・日産自動車野球部に入って半年以上が経とうとしていた。投手から野手へと転向し、「まだまだ課題は山積み」と言いながらも、その屈託のない笑顔は充実感に満ち溢れていた。ところが、それから約4カ月後、日産自動車野球部が09年度限りでの休部を発表した。まさに青天の霹靂だった。それでも熊代は宣言通り社会人3年目の昨年、ドラフトで埼玉西武に指名を受け、プロへの扉を開いた。そして今、早くも一軍でレギュラー争いをしている。そんな熊代に独占インタビューを敢行。社会人時代、そして一軍昇格への裏側に迫った。
「20年にひとりの逸材」と評された埼玉西武・菊池雄星のプロデビューはほろ苦いものとなった。 6月12日、本拠地・西武ドームでの阪神戦。雄星は1回に1点を失うと、3回に4安打を集中され、わずか53球でマウンドを降りた。
千葉ロッテのサウスポー・植松優友にはこんな記憶がある。彼は金光大阪高時代、中田を13打数無安打に封じ、“怪物キラー”と呼ばれた。 「舞洲球場で変化球を投げたら、パーンと大きな当たりを打たれた。打球の行方は見なかったのですが、スタンドがどよめいている。後で聞いたら、レフトのファウルゾーンにある高い照明塔のライトに当たったとか」
その瞬間、何とも言えない気持ちの悪い感覚に襲われたのを覚えている。あれ、オレはもう野球を観る資格がないのだろうか、というような……。 6月26日の中日−広島戦である。0−0で迎えた3回裏、無死。広島の打者はこの日がプロ入り初登板初先発のルーキー・中村恭平。なんとかバットに当てた打球は、大きくバウンドして三塁前へ。中日の三塁手・森野将彦が打球が落ちてくるのを待って一塁へ送球。これがワンバウンドになって、セーフ……のはずだったのである。ところが、塁審の判定はアウト! えっ? この程度の基本的なアウト、セーフを間違うようでは、オレはもうダメだな。それが最初に襲った気持ち悪さの内実だった。
高校時代から“平成の怪物”の異名をとり、鳴り物入りでプロ入りした中田翔。しかし、昨季までの3年間は一軍に定着することができず、“怪物”の名は影を潜めていた。しかし、今季は違う。レギュラー定着のみならず、今や4番としてチームに大きく貢献している。プロ4年目にしてようやく開花した天才打者に二宮清純が独占取材した。
広島などで20年間にわたってマスクを被った西山秀二の解説の評判がいい。キャッチャー出身ということで読みが深く、ベンチの意図を察知する能力にも長けているからだ。広島時代にはベストナイン、ゴールデングラブ賞にそれぞれ2度(いずれも94年、96年)輝いた。引退後は巨人の2軍バッテリーコーチに就任し、08年からの3年間は1軍のバッテリー部門を担当した。講談社『本』では、その西山に二宮清純がインタビュー。“マスク越しの視点”の一部を紹介する。
独立リーグでの成績とはいえ、これは光っている。 15試合に登板し、0勝0敗7セーブ、防御率は0.00(6月22日現在)。完璧である。 今季から元ヤクルトのクローザー高津臣吾はBCリーグの新潟アルビレックスBCでプレーしている。
今月3日、海の向こうから残念なニュースが届きました。5月17日に右ヒジの張りを訴えて故障者リスト入りした松坂大輔投手(レッドソックス)が、腱移植手術を受けることが正式に発表されたのです。今季はもう彼のピッチングを見られないというのは、本当に残念でなりません。このニュースを聞いた時、私は「悪い予感が当たってしまった」と思いました。実は、シーズン始めに松坂投手のピッチングを見た時、「大きなケガをしなければいいけど……」と一抹の不安を覚えていたのです。というのも、下半身が使えておらず、体幹のバランスが崩れているように見えたからです。
18勝4敗2分、勝率8割1分8厘と福岡ソフトバンクの圧勝で7年目の交流戦が幕を閉じたプロ野球は、24日から再びセ・パにわかれてのペナントレースが始まる。今季は例年以上にルーキーの活躍ぶりが目立っている。昨秋のドラフトで注目されたのは“早大トリオ”の斎藤佑樹(北海道日本ハム)、大石達也(埼玉西武)、福井優也(広島)、そして大学球界最速を誇った沢村拓一(巨人)だ。そのうち福井、沢村は既に先発ローテーション入りを果たし、チームに貢献している。二軍で調整していた斎藤の一軍復帰も間近だ。しかし、注目すべき“ドラ1ルーキー”は彼らだけではない。パ・リーグでは伊志嶺翔大(千葉ロッテ)、セ・リーグでは榎田大樹(阪神)が実力を発揮している。現在、ロッテは5位、阪神は4位。伊志嶺、榎田がチーム浮上のカギを握りそうだ。
小さな大打者といえば、元ヤクルト監督の若松勉である。実際には166センチしかなかった体を最大限に生かし、卓越したスイングスピードとバットコントロールで.319の生涯打率を残した。これは4000打数以上では日本人トップの成績である。引退後もヤクルトでコーチ、監督として、岩村明憲(現東北楽天)、青木宣親、アレックス・ラミレス(現巨人)など、強打者の育成に力を注いだ。まさに打撃の職人とも言える若松に、監督時代の思い出と今後の希望を二宮清純が訊いた。
ここ数年、押し出すような投げ方になっていたのは、無意識のうちにヒジをかばっていたせいかもしれない。 レッドソックスの松坂大輔が右ヒジに正常な腱を移植する、いわゆる「トミー・ジョン手術」を受けることになった。
畠山の人並みはずれた長打力に目をつけたのが前監督の高田繁である。 「その頃、外国人のアダム・リグスもアーロン・ガイエルも不調で4番がいなかったんです。まぁ仕方なく使ったというのが真相ですよ。問題は守備。どんなに打っても守りのミスで試合を落とすことがある。使う側はどれだけ我慢できるかということでしょうね」 首脳陣の話を総合するとファーストはぎりぎり合格。サードは、ベンチがどれだけ目をつぶれるか。レフトは不適格――。これが守備の相場観だ。
セ・リーグの首位を走る東京ヤクルトの勢いがなかなか衰えない。投手陣では石川雅規、館山昌平と左右の2本柱を揃え、最後は林昌勇が締める。野手陣では新外国人のウラディミール・バレンティンが打率、本塁打でトップに立ち、ベテランの宮本慎也も元気だ。そして、何といっても4番に定着した畠山和洋の充実ぶりが光る。入団時から和製大砲と期待されながら伸び悩んでいた男が、飛躍を遂げた背景には何があったのか。二宮清純が取材した。
素質が一気に開花したのはプロ入り8年目、08年のシーズンである。 実はこのシーズンで納得のいく結果が残せなかった場合、内川はユニフォームを脱ぐ覚悟を決めていた。04年には17本塁打を放つなど、それなりの活躍を演じていた内川だが守備面の不安もあり、レギュラー定着には至らなかった。