プロ野球
東洋大学硬式野球部。所属する東都大学リーグでは無類の強さを誇り、多くのプロ野球選手を輩出してきた名門校だ。近年では2006年・永井怜(東北楽天)、07年・大場翔太(福岡ソフトバンク)など、エースがドラフトで上位指名され、“投手の宝庫”としても注目されている。そして今年もまた、同大から優秀なピッチャーがプロの世界へと羽ばたいた。乾真大。最速146キロのストレートと大学で磨きをかけたスライダーを武器とするサウスポーだ。高校、大学とエースとして活躍してきた乾だが、大学入学直後には大きな壁にぶつかった。果たしてその壁とは何だったのか。
幼少時代、加藤貴大の一番のライバルは2歳年上の兄・幹典(東京ヤクルト)だった。しかし、いつの間にか兄との距離は遠くなっていった。名門・慶応大学に進学した兄は六大学の聖地・神宮球場で活躍。大学No.1サウスポーとして2007年の大学・社会人ドラフトで1位指名され、プロ入りを果たした。一方、加藤は高校から挫折の連続だった。大学卒業時には野球を諦めようとさえ考えたこともある。しかし、「こんなもんじゃない」と自分の力を信じ、独立リーグで一念発起。わずか1年目にして夢をつかみとった。ようやく兄と同じ舞台に到達した加藤。ライバルとして、憧れの存在として追い続けてきた兄への思い、そして今後への意気込みを訊いた。
ロッテの新チームリーダーは彼しかいない。 今江敏晃、27歳。今年で節目のプロ10年目を迎える。昨季、史上最大の下剋上を達成したチームはキャプテンの西岡剛がメジャーリーグに移籍し、抑えの小林宏之もFA宣言した。2年連続の日本一を達成するには、西村徳文監督が掲げる「和」の力が何より必要だ。ここ数年伸び悩んでいた個人成績も2010年は自己最高の打率(.331)をマークし、壁を破った。名実ともにロッテの顔になることが期待される2011シーズンに向け、二宮清純が取材を試みた。
“サブマリン”の代表格といえば、古くは元阪急・山田久志、そして現役では千葉ロッテ・渡辺俊介だ。しかし、同じアンダースローでもこの2人はタイプがまるで違う。速球を主体とした山田に対し、渡辺は緩急をつかった技巧派だ。その両者それぞれの良さを併せ持ったサブマリンピッチャーが今季、埼玉西武に入団した。牧田和久、26歳だ。アンダースローに強いこだわりと誇りをもつ牧田が追い求めてきたものとは――。
「18歳の4番打者」と聞いても、若いプロ野球ファンはピーンと来ないかもしれない。今なら間違いなく流行語大賞の候補にあがっているはずだ。 近鉄、太平洋クラブ−クラウンライター―西武で強打者として鳴らした土井正博が4年ぶりに埼玉西武のヘッド兼打撃コーチに復帰した。67歳。現役コーチとしては最年長である。
プロ野球の歴史に新たな大学が加わった。「城西国際大学」。1992年に創立・創部したばかりの同大野球部エース黒沢翔太がプロ1号として千葉ロッテから育成1位指名を受けたのだ。中学、高校と内野手を兼任していたという黒沢。甲子園も未経験の彼が大学では主戦として活躍し、最後にはプロへの扉をこじ開けた。後輩たちをも勇気づける一歩を踏み出した黒沢にプロへの意気込みを訊いた。
横浜リクシルベイスターズに、東京サイバースワローズ? このオフ、セ・リーグの下位球団に相次いで売却騒動が持ち上がった。
「ハムユウ」をご存知だろうか。「ハマユウ」じゃないですよ。「ハマコウ」でもない。人並みにケータイなぞでニュースをチェックしていると、最近、しょっちゅう、この言葉を見かける。正確に書くと、下は漢字になっていて「ハム佑」。 「ハム佑」が走ったとか、笑ったとか、酒が苦手だとか。 要するに、北海道日本ハムに入団した斎藤佑樹投手のことである。いくら字数を節約したいからといっても、「日本ハム斎藤佑」くらい書いてもバチは当たらないと思うのだが……。それにしても、すさまじい人気である。 ついにはイチロー(マリナーズ)までが、夢の中で対戦したけど、160キロ出ていて打てなかった、とおっしゃったとか。いやはや。
2010シーズン限りで現役を引退した元阪神の矢野燿大。彼は東北福祉大から1991年、ドラフト2位で中日に入団するも、97年オフには阪神へトレードされる。その時の悔しさをバネに阪神では正捕手の座を獲得した。フロントもチーム改革に動き、その甲斐あって、2002年までBクラスに沈んでいた阪神は、03年、05年にリーグ優勝を果たした。今やAクラスの常連となった阪神だが、果たしてどのようにしてチームの再建は行なわれたのか。当サイト編集長・二宮清純がその真相に迫った。
太ももののサイズは65センチ。競輪選手なみである。このたくましい太ももが157キロの原動力となっている。 巨人のドラフト1位ルーキー沢村拓一(中大)は身長183センチ、体重90キロの偉丈夫だ。 近年、これだけ体のできたルーキーは見たことがない。4年間の地道なトレーニングの成果と言っていいだろう。
荒木郁也にとって、プロ志望届けを提出したのは、まさに退路を断っての一大決心だった。善波達也監督からは社会人入りを強くすすめられた。しかし、プロへの気持ちは揺らぐことはなく、時間をかけて説得したという。そして、企業チームからの誘いも丁重に断りをいれた。指名されなかった時の保険はかけたくなかったのだ。そんな一本気な荒木の野球観、そして今の彼をつくりあげた過去に迫った。
東北楽天の新監督に就任した星野仙一といえば、球界では「怖い人」で通っている。 しかし朝から晩まで、ただ怒っているわけではない。1軍半や2軍の選手は別として、1軍選手、とりわけ主力やベテランに対しては、ヒザを交えてじっくりと話をする。
野球少年なら誰もが憧れるプロ野球選手。しかし、少年期の北野洸貴にとってプロは遠い存在。彼はただ大好きな野球を楽しいから続けてきただけのことだった。そんな彼が、プロを意識するようになったのは、大学3年時に日本代表候補に選ばれたことがきっかけだった。全国から優秀な選手たちが集う代表合宿に参加し、そこでさまざまな刺激を受けたことで、それまでになかった気持ちが沸々とわいてきたのだ。しかし、自らの性格を「(よくも悪くも)気にしないタイプ」と語る北野だが、そんな彼にも野球を辞めたくなるほどの挫折があった。果たして、彼に何が起きたのか。そして、彼を支えたものとは――。
シーズンオフの現在、国内外で各球団の補強合戦が繰り広げられています。日本プロ野球界で最も注目されているのは、ポスティングシステムによって、プロ野球からメジャーに移籍する選手の動向でしょう。先日、西岡剛がツインズと正式に契約したことを発表しました。日本人野手としては最年少の26歳でのメジャー挑戦ということもあり、来シーズン以降、注目したいですね。
「齊藤勝」――6年前の夏、2年生エースながら2試合連続で完封勝ちを収め、チームをベスト8に導いたのが彼だ。修徳高校の先輩である高橋尚成(エンゼルス)の再来と言われ、高校野球ファンに強い印象を与えた。順風満帆だと思われた野球人生だったが、その後はケガに泣かされ、満足のいくピッチングはできなかった。そして社会人でも泣かず飛ばずのシーズンを送り続けた。そんな彼が入社5年目にして、ようやく主戦として活躍した今シーズン、プロのスカウトの目にとまった。ピッチングスタイルも自身の性格も5年前とはまるで違うという齊藤。これまでで一番強かったという今シーズンにかける思いを訊いた。
2年前までは、控え捕手にすぎなかった男が今、プロへの切符をつかんだ。オリックス3位・宮崎祐樹だ。亜細亜大学時代はケガに泣かされ、ほとんど試合に出場することのなかった宮崎だが、セガサミー入社後は外野手に転向。思いっきりのいいスイングが自慢のバッティングで花を咲かせた。果たして社会人時代につかんだものとは何なのか。セガサミーでの2年間に迫った。
「ライパチ」と言えば「ライトで8番」だ。 かつて少年野球では一番、下手クソな選手の定位置とされていた。 しかし近年、この野球用語は「死語」になりつつあるようだ。
「巨人の沢村栄治」といえば、指導者、選手、ファン……野球を愛する者なら、この名を知らぬ者など一人もいないであろう。威力ある直球と懸河のドロップカーブを武器にノーヒットノーランを2度達成するなど、プロ野球の歴史に残る大投手だ。彼が没して66年。今、再び「巨人の沢村」が誕生した。大学球界最速の157キロを誇る剛腕・沢村拓一だ。ドラフト前、ほとんどの選手が「12球団OK」という中、彼が巨人入りを熱望していることは周知の事実であった。その思いが通じ、ドラフトでは巨人に単独指名を受ける。球団から用意された背番号は「15」。「14」(永久欠番)だった沢村栄治を超えて欲しい、という球団からの願いが込められている。しかし、高校時代は3番手投手だった沢村。ほぼ無名に近かった彼が、なぜここまで成長できたのか。その真相に迫った。
「シュリンプマン・キャッチ」 そう名付けたのは元駐米大使の経歴を持つ加藤良三コミッショナーだ。 カープの天谷宗一郎が「ジョージア魂」賞選考委員特別賞に輝いた。この賞は缶コーヒーブランドの「ジョージア」が今季からプロ野球12球団と提携、NPBパートナー契約を結んで設けられたものだ。
では、“21世紀の魔球”とも呼べるレアボールはいかにして生まれたのか。 岸によれば縫い目に沿って中指と親指をかけ、その間からボールを抜く。その際、人指し指は使わない。手首をひねったり、こねたりもしない。 「誰かに教わったわけじゃないんです。小学生の頃、遊びで投げているうちに覚えた。最初はポワーンとした軌道でした。少年野球では審判から“カーブはダメだ”ってよく注意されましたけど(笑)」
2008年・小松剛(広島3位)、09年・二神一人(阪神1位)、武内久士(広島3位)に続いて、今年もまた法政大学からプロが輩出された。最速153キロを誇るストレートに、緩急のついたピッチングが自慢の大型右腕・加賀美希昇だ。今季はリーグ最多タイとなる5勝をマークし、チームを牽引した。入団先の横浜は5年連続Bクラスと低迷している。チーム再建には投手力の強化が不可欠とされており、加賀美には即戦力としての期待が寄せられている。果たして、彼はその期待に応えることができるのか。プロへの道を切り拓いた今の心境を訊いた。
9日、埼玉西武の新入団選手発表が埼玉・所沢市内で行なわれた。今回は球団として初めてファンを招待したことで、会場は例年以上の熱気に包まれた。10月のドラフト会議で指名を受けた6名の選手が会見に臨み、詰め掛けた大勢のファンと報道陣の前でプロへの決意を表明。1位指名の最速155キロ右腕・大石達也(早稲田大)は「大学時代から真っ直ぐには自信をもっている。これまで以上に磨きをかけていきたい」と抱負を述べた。
東京ヤクルトスワローズの新入団選手発表が9日、都内のヤクルトホールで行われ、先のドラフト会議で指名を受けた9名の選手たちが会見に臨んだ。招待されたファンら500人が見守る中、小川淳司監督から真新しいユニホームを受け取った選手たちは皆、晴れやかな表情。なかでも3位指名を受けた西田明央(北照高)が「古田(敦也)さんを超せるようになって、(古田の背番号だった)27番を早くつけたい」と力強く宣言し、ファンから大きな拍手を受けた。
あと1勝、足りなかった。 今季の埼玉西武は優勝へのマジックを4まで減らしながら、福岡ソフトバンクに逆転を許し、2厘差でリーグ制覇を逃した。その1勝は、この男がシーズン通してローテーションを守っていれば簡単に手中にできただろう。入団以来4年連続2ケタ勝利をマークした岸孝之である。今季も10勝をあげたものの、故障により2カ月半の戦線離脱を余儀なくされた。人気、実力ともにトップクラスの右腕に二宮清純がこの夏と秋、2回に渡ってインタビューを敢行。クールに打者を切ってとるピッチングの秘密に迫った。
プロ野球・横浜ベイスターズの売却を巡り、親会社のTBSホールディングスと住生活グループが進めていた交渉は最終段階で破談になった。