プロ野球

45歳・山本昌、永遠の野球少年(前編)

 NPB最年長選手となった左腕は28年目のシーズンを沖縄・読谷村でスタートした。この8月で46歳になる中日・山本昌だ。今季、白星をあげれば工藤公康(前埼玉西武)を抜き、24年連続勝利のプロ野球記録を樹立する。高卒でプロ入り後、4年目まで0勝ながら、そこから210個の白星を積み重ねてきた。生き馬の目を抜く厳しいプロの世界で長く活躍できた理由はどこにあるのか。二宮清純が自主トレ中のベテランにロングインタビューを敢行した。

メジャー移籍断念の真相 〜岩隈久志インタビュー〜

 東北楽天のエース岩隈久志は昨年オフ、ポスティングシステムによるメジャーリーグ挑戦を希望していた。ところが落札したオークランド・アスレチックスとの交渉がまとまらず、今季は楽天に残ってプレーする。なぜ岩隈は移籍を断念したのか。「1年間戦ってチームを引っ張って優勝したい」。気持ちを切り替え、新たなシーズンに臨む右腕を二宮清純が直撃した。

野村克也「オレなら斎藤佑樹を2ケタ勝たせられる」

 2月1日、プロ野球12球団は九州、沖縄で一斉にキャンプインした。今季の注目は何といっても北海道日本ハムにドラフト1位で入団した斎藤佑樹らルーキーたちの活躍だ。昨年のドラフトでは12球団中8球団が大学、社会人出の即戦力投手を指名しており、彼らの成績がチーム順位を大きく左右する可能性もある。またパ・リーグでは星野仙一新監督率いる東北楽天や、昨季5位に終わったオリックスが大型補強を敢行。戦国時代に更なる拍車がかかりそうだ。2011年のプロ野球を知将・野村克也はどう見ているのか。二宮清純がインタビューを試みた。

第424回 球界最年長投手が抱く「28年目の不安」 中日・山本昌投手

 NPB(日本プロ野球組織)における現役最年長投手である。いったい、誰がプロ入り時に今の山本昌(本名:昌広)の姿を予想し得ただろう。  1984年に神奈川の日大藤沢高からドラフト5位で入団。最初の4年間は勝ち星なし。その間、何度も解雇の危機に見舞われた。

第21回 ハンカチ世代かマー君世代か、それとも? 〜プロ野球キャンプ〜

 球春到来――プロ野球は2月1日、全12球団が一斉にキャンプインを迎える。今年の注目はなんと言っても大学からやってきたルーキーたちだ。各球団のドラフト1位を見渡しただけでも、埼玉西武の大石達也(早稲田大)、北海道日本ハムの斎藤佑樹(同)、広島の福井優也(同)、巨人の沢村拓一(中央大)、中日の大野雄大(佛教大)、千葉ロッテの伊志嶺翔太、東北楽天の塩見貴洋(八戸大)と7人が大学出身者だ。まさに当たり年である。

千葉ロッテ1位・伊志嶺翔大「スピード感あふれたプレーに注目!」 〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.15〜

 昨秋のドラフトで、野手ではNo.1という呼び声高かったのが、伊志嶺翔大だ。昨年の全日本大学選手権では打率6割で首位打者となり、チームの準優勝に大きく貢献した。さらに昨夏の世界大学野球選手権では全6試合に出場し、打率4割5分8厘、9打点をマーク。日本選手では唯一の大会オールスターにも輝いた。こうした実績もさることながら伊志嶺の魅力は、その人間性にもある。高校、大学、そして全日本の主将に選ばれるなど、周囲からの信頼は厚い。そんな彼が初めてプロへの憧れを抱いたのは小学1年の時、イチロー(当時オリックス)を見た時だった。それから16年。夢への第一歩を踏み出した伊志嶺に現在の心境を訊いた。

埼玉西武5位・林崎遼「田中将と対戦したい!」 〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.14〜

「(東北楽天・田中将大投手から)ホームランを打ちます!」。昨年12月の埼玉西武の新人入団選手発表会見で、集まった大勢のファンや報道陣が最も沸いたのが、林崎遼のホームラン宣言だった。林崎は、東洋大姫路高3年夏、甲子園で田中からホームランを放っている。それだけに4年間、プロの第一線で活躍する同級生と再び対戦する日が待ち遠しいようだ。

第72回 斎藤佑樹よ、自信をもってぶち当たれ!

 今月初旬から始まった新人合同自主トレーニングも佳境に入っていますね。なかでも全国から熱い視線が注がれているのが、千葉県の北海道日本ハムの鎌ヶ谷スタジアム。そう、斎藤佑樹投手ですね。彼については連日のように報道されており、その注目度の高さがうかがえます。多少、騒ぎすぎかな……という思いもないわけではありませんが、それでも斎藤投手自身には浮ついている様子は全く見られません。さすが、ですね。

第423回 価値あるイチローの“一筋主義”

 昨季、メジャーリーグ史上初となる10年連続シーズン200安打を達成したイチロー(マリナーズ)は来季限りで球団との契約が切れる。  周知のようにマリナーズは2001年にメジャーリーグ史上最多タイのシーズン116勝(46敗)をあげ、ア・リーグ西地区を制したものの、それ以降は低迷が続き、昨季も地区最下位に沈んだ。

千葉ロッテ・今江敏晃「日本一勝負強い男」(後編)

 PL学園の河野有道監督は今江を一目見て、「これは将来、プロに行ける素材だ」と確信した。 「体はできていたし、バッティングも飛距離、スイングスピードすべてにおいて素晴らしかった。  当時、同学年に今、西武で活躍している中村剛也(大阪桐蔭)がいた。今江が剛なら中村は柔というイメージでした。  あえて難点をあげるとすれば、いかり肩で、やや力が入りすぎるところがあったんです。でも細かい部分は上(プロ)で直してもらえればいいと思って、余計なアドバイスはしませんでした」

北海道日本ハム3位・乾真大「“4球で降板”の試練を乗り越えて」 〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.13〜

 東洋大学硬式野球部。所属する東都大学リーグでは無類の強さを誇り、多くのプロ野球選手を輩出してきた名門校だ。近年では2006年・永井怜(東北楽天)、07年・大場翔太(福岡ソフトバンク)など、エースがドラフトで上位指名され、“投手の宝庫”としても注目されている。そして今年もまた、同大から優秀なピッチャーがプロの世界へと羽ばたいた。乾真大。最速146キロのストレートと大学で磨きをかけたスライダーを武器とするサウスポーだ。高校、大学とエースとして活躍してきた乾だが、大学入学直後には大きな壁にぶつかった。果たしてその壁とは何だったのか。

東北楽天育成1位・加藤貴大「最高の舞台で兄と勝負!」 〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.12〜

 幼少時代、加藤貴大の一番のライバルは2歳年上の兄・幹典(東京ヤクルト)だった。しかし、いつの間にか兄との距離は遠くなっていった。名門・慶応大学に進学した兄は六大学の聖地・神宮球場で活躍。大学No.1サウスポーとして2007年の大学・社会人ドラフトで1位指名され、プロ入りを果たした。一方、加藤は高校から挫折の連続だった。大学卒業時には野球を諦めようとさえ考えたこともある。しかし、「こんなもんじゃない」と自分の力を信じ、独立リーグで一念発起。わずか1年目にして夢をつかみとった。ようやく兄と同じ舞台に到達した加藤。ライバルとして、憧れの存在として追い続けてきた兄への思い、そして今後への意気込みを訊いた。

千葉ロッテ・今江敏晃「日本一勝負強い男」(前編)

 ロッテの新チームリーダーは彼しかいない。  今江敏晃、27歳。今年で節目のプロ10年目を迎える。昨季、史上最大の下剋上を達成したチームはキャプテンの西岡剛がメジャーリーグに移籍し、抑えの小林宏之もFA宣言した。2年連続の日本一を達成するには、西村徳文監督が掲げる「和」の力が何より必要だ。ここ数年伸び悩んでいた個人成績も2010年は自己最高の打率(.331)をマークし、壁を破った。名実ともにロッテの顔になることが期待される2011シーズンに向け、二宮清純が取材を試みた。

埼玉西武2位・牧田和久「アンダースローの誇りを胸に」 〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.11〜

“サブマリン”の代表格といえば、古くは元阪急・山田久志、そして現役では千葉ロッテ・渡辺俊介だ。しかし、同じアンダースローでもこの2人はタイプがまるで違う。速球を主体とした山田に対し、渡辺は緩急をつかった技巧派だ。その両者それぞれの良さを併せ持ったサブマリンピッチャーが今季、埼玉西武に入団した。牧田和久、26歳だ。アンダースローに強いこだわりと誇りをもつ牧田が追い求めてきたものとは――。

第422回 「18歳の4番打者」から球界屈指の名伯楽 埼玉西武・土井正博ヘッド兼打撃コーチ

「18歳の4番打者」と聞いても、若いプロ野球ファンはピーンと来ないかもしれない。今なら間違いなく流行語大賞の候補にあがっているはずだ。  近鉄、太平洋クラブ−クラウンライター―西武で強打者として鳴らした土井正博が4年ぶりに埼玉西武のヘッド兼打撃コーチに復帰した。67歳。現役コーチとしては最年長である。

千葉ロッテ育成1位・黒沢翔太「プロ第1号誕生!」 〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.10〜

 プロ野球の歴史に新たな大学が加わった。「城西国際大学」。1992年に創立・創部したばかりの同大野球部エース黒沢翔太がプロ1号として千葉ロッテから育成1位指名を受けたのだ。中学、高校と内野手を兼任していたという黒沢。甲子園も未経験の彼が大学では主戦として活躍し、最後にはプロへの扉をこじ開けた。後輩たちをも勇気づける一歩を踏み出した黒沢にプロへの意気込みを訊いた。

まっすぐな日本野球に

「ハムユウ」をご存知だろうか。「ハマユウ」じゃないですよ。「ハマコウ」でもない。人並みにケータイなぞでニュースをチェックしていると、最近、しょっちゅう、この言葉を見かける。正確に書くと、下は漢字になっていて「ハム佑」。 「ハム佑」が走ったとか、笑ったとか、酒が苦手だとか。  要するに、北海道日本ハムに入団した斎藤佑樹投手のことである。いくら字数を節約したいからといっても、「日本ハム斎藤佑」くらい書いてもバチは当たらないと思うのだが……。それにしても、すさまじい人気である。  ついにはイチロー(マリナーズ)までが、夢の中で対戦したけど、160キロ出ていて打てなかった、とおっしゃったとか。いやはや。

ダメ虎から猛虎へ、変貌の真相 〜矢野燿大インタビュー〜

 2010シーズン限りで現役を引退した元阪神の矢野燿大。彼は東北福祉大から1991年、ドラフト2位で中日に入団するも、97年オフには阪神へトレードされる。その時の悔しさをバネに阪神では正捕手の座を獲得した。フロントもチーム改革に動き、その甲斐あって、2002年までBクラスに沈んでいた阪神は、03年、05年にリーグ優勝を果たした。今やAクラスの常連となった阪神だが、果たしてどのようにしてチームの再建は行なわれたのか。当サイト編集長・二宮清純がその真相に迫った。

第420回 並みのルーキーと段違いの「大人」の心と体 巨人・沢村拓一投手

 太ももののサイズは65センチ。競輪選手なみである。このたくましい太ももが157キロの原動力となっている。  巨人のドラフト1位ルーキー沢村拓一(中大)は身長183センチ、体重90キロの偉丈夫だ。  近年、これだけ体のできたルーキーは見たことがない。4年間の地道なトレーニングの成果と言っていいだろう。

阪神5位・荒木郁也「礎となった日大三高時代」〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.9〜

 荒木郁也にとって、プロ志望届けを提出したのは、まさに退路を断っての一大決心だった。善波達也監督からは社会人入りを強くすすめられた。しかし、プロへの気持ちは揺らぐことはなく、時間をかけて説得したという。そして、企業チームからの誘いも丁重に断りをいれた。指名されなかった時の保険はかけたくなかったのだ。そんな一本気な荒木の野球観、そして今の彼をつくりあげた過去に迫った。

東京ヤクルト育成1位・北野洸貴「春の挫折を乗り越えて」〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.8〜

 野球少年なら誰もが憧れるプロ野球選手。しかし、少年期の北野洸貴にとってプロは遠い存在。彼はただ大好きな野球を楽しいから続けてきただけのことだった。そんな彼が、プロを意識するようになったのは、大学3年時に日本代表候補に選ばれたことがきっかけだった。全国から優秀な選手たちが集う代表合宿に参加し、そこでさまざまな刺激を受けたことで、それまでになかった気持ちが沸々とわいてきたのだ。しかし、自らの性格を「(よくも悪くも)気にしないタイプ」と語る北野だが、そんな彼にも野球を辞めたくなるほどの挫折があった。果たして、彼に何が起きたのか。そして、彼を支えたものとは――。

第71回 ポスティング改革よりもFA権を緩和すべし!

 シーズンオフの現在、国内外で各球団の補強合戦が繰り広げられています。日本プロ野球界で最も注目されているのは、ポスティングシステムによって、プロ野球からメジャーに移籍する選手の動向でしょう。先日、西岡剛がツインズと正式に契約したことを発表しました。日本人野手としては最年少の26歳でのメジャー挑戦ということもあり、来シーズン以降、注目したいですね。

北海道日本ハム6位・齊藤勝「“お山の大将”から“大人”へ」〜ドラフト指名選手直撃インタビューVol.7〜

「齊藤勝」――6年前の夏、2年生エースながら2試合連続で完封勝ちを収め、チームをベスト8に導いたのが彼だ。修徳高校の先輩である高橋尚成(エンゼルス)の再来と言われ、高校野球ファンに強い印象を与えた。順風満帆だと思われた野球人生だったが、その後はケガに泣かされ、満足のいくピッチングはできなかった。そして社会人でも泣かず飛ばずのシーズンを送り続けた。そんな彼が入社5年目にして、ようやく主戦として活躍した今シーズン、プロのスカウトの目にとまった。ピッチングスタイルも自身の性格も5年前とはまるで違うという齊藤。これまでで一番強かったという今シーズンにかける思いを訊いた。

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