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4月12日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ WBO世界ウェルター級タイトルマッチ (アメリカ/31勝(12KO)無敗1無効試合) vs. (フィリピン/55勝(38KO)5敗2分) 「マニーは飢餓感を失った。もう取り戻せないよ。キラー・インスティンクト(負けん気)を失ってしまったんだ」 3月中にHBOが放送したビッグファイトのプレヴュー番組内で、ブラッドリーがパッキャオに向かってそう語りかけたシーンが話題を呼んだ。
: 川上さんは徳島商業高時代はエースで4番。夏の甲子園ではベスト8に進出しています。ピッチングはもちろん、バッティングも素晴らしかった印象があります。 : 高校時代、プロのスカウトからは「下位指名でバッターとして獲りたい」という話が来ていたそうです。そもそも高校2年までは野手で、ピッチャーを始めたのは他の選手がケガをしたから。正直、ピッチングよりもバッティングのほうが楽しかったんですよ。
オフの戦力外から一転、新生ドラゴンズの開幕投手だ。 中日のベテラン右腕・川上憲伸が6年ぶり7度目の開幕投手を務める。谷繁元信兼任監督が24日に都内で行われたセ・リーグファンミーティングで起用を明言。「キャンプで見た時から今年はやってやるという姿が感じられた」と理由を語った。過去、最多勝のタイトルを2度獲得した実績は十分。吉見一起が右ひじの手術明けで開幕に間に合わない中、かつてのエースに投手陣の柱として期待が高まっている。栄光と挫折を両方味わって迎えるプロ17年目、2月の沖縄・北谷キャンプ中に二宮清純が訊いた開幕にかける思いを紹介する。
大相撲春場所は23日、千秋楽を迎え、13勝1敗の大関・鶴竜(井筒)が大関・琴奨菊(佐渡ヶ嶽)を寄り切りで下し、初土俵から74場所目で悲願の初優勝を収めた。鶴竜は先場所、優勝決定戦で敗れたものの、優勝した横綱・白鵬(宮城野)と並ぶ14勝をあげており、横綱審議委員会の内規(大関で2場所連続優勝、またはそれに準する成績)を満たし、場所後の第71代横綱昇進が確実になった。新横綱の誕生は日馬富士(伊勢ヶ濱)以来、1年半ぶり。これで朝青龍以降、4代連続でモンゴル出身力士の横綱が続き、来場所は白鵬、日馬富士、鶴竜と史上初めて外国出身横綱が3人同時に番付に載る。
「今季の私たちにはシーズン90勝を挙げる力がある」 2月下旬、メッツのサンディ・アルダーソンGMがチーム上層部にそう伝えたと地元メディアが報道し、ニューヨークでは話題になった。 総額5億ドル近くを投入し、田中将大、カルロス・ベルトランらを獲得する大補強を展開したヤンキースではない。過去5年連続で負け越し、90勝以上を挙げたことなど2007年以降は一度もないメッツの話である。
近頃は、国内はどこもマラソン人気。大会も参加者も相当数増加し、いずれも盛況だ。データによると2006年から12年の6年間でランナー人口は400万人増加し、1000万人を超えているという(笹川スポーツ財団発表)。アメリカにおいても同様の傾向が見られ、00年には800万人程度だったのが、12年では1500万人を超えたと言われている(Running USA発表)。つまり、少なくとも日本国内においては10人に1人程度は走っているわけで、乳幼児や、高齢者を除くと、その割合はかなり高いことがわかる。確かにどこに行っても、走っている人に会わないことはないというくらいだ。
19日、日本バドミントン協会は東京・岸記念体育館で世界バドミントン連盟(BWF)公認のスーパーシリーズ(SS)ヨネックスオープジャパン開催概要を発表した。五輪、世界選手権に次ぐ権威を誇るSSにおいて、年間12試合のうちのひとつがヨネックスオープンジャパンである。昨年は女子シングルスで16歳の山口茜(勝山高)が史上最年少優勝の快挙を達成し、男子シングルスは田児賢一(NTT東日本)が準優勝だった。第33回目を迎える今回は、9月に開幕するアジア競技大会(韓国・仁川)との兼ね合いもあり、例年より3カ月早い6月に開催される。
: 藤田さんといえば、昨年の日本シリーズ第5戦、死球を左ふくらはぎに受けた直後の激走が話題になりました。あの死球はかなり痛かったでしょう? : むちゃくちゃ痛かったですよ。左ふくらはぎに死球が当たったのは4回目でしたが、そのうち2度は長期離脱を余儀なくされました。当たった瞬間に「これはヤバイ」と直感しましたね。お尻のほうまで筋肉がつった感じになって、もう足を地面につけられないんです。
15日、東京で開催されるJA全農世界卓球団体選手権(4月28日開幕)の1次リーグの組み分けを決めるオフィシャルドローがテレビ東京のスタジオで行われた。女子のチャンピオンシップ・ディビジョンは、2012年ロンドン五輪団体銀メダルの日本(世界ランキング2位)のB組には台湾(同7位)、ハンガリー(同10位)、ベラルーシ(同17位)、オーストラリア(同54位)が入った。一方の男子は、世界卓球3大会連続銅メダルの日本(世界ランキング3位)がC組でポルトガル(同6位)、フランス(同11位)、ギリシャ(同14位)、ルーマニア(同22位)、ハンガリー(同25位)と対戦することとなった。大会は史上最多の125カ国・地域が4つのディビジョンに分かれる。日本の属するトップディビジョンは24カ国・地域が4組に分かれ、各組上位3チームが決勝トーナメントに進出する。
日本を代表するゴルファーである青木功が、プレーヤー部門で「日本プロゴルフ殿堂」入りを果たした。 式典で71歳の青木は「私に引退はありません。引退しないことを、ここで宣言しますよ」と張りのある声で語った。 「自分にとってゴルフは天職。これしかないと決めているんです。だから、現役はいつまでと決めてしまったら寂しいですよ。いつか、ゴルフができなくなる時が必ず来る。その時に悔いが残らないよう、1日1日、1年1年を大切に過ごしていくつもりです」
: 藤田さんは守備の際、打球を処理したら速く投げることを強く意識しているとか。 : 肩が強くないので、普通のゴロであれば捕球の際にグラブは閉じません。当てるだけですぐに右手に持ちかえます。ゴロだけでなく、ゲッツーの場合もショートからの送球を捕ってから投げるまでのスピードを追求しますね。セカンドはランナーがスライディングしてくるので、早く投げてベースから離れないとスパイクされてしまう。ケガを防止するためにも速く投げることは大切です。
「準備はできているよ。さあ、始めよう」 そんな言葉とともに、ジェイソン・コリンズはNBAに戻ってきた。 昨年4月、「スポーツ・イラストレイテッド」誌上でゲイであることを告白したコリンズは、2月23日、ブルックリン・ネッツと10日間契約を締結。NBA史上初めて同性愛を告白した現役選手となり、以降はプレーオフを目指すチームの一員としてプレーし続けている。
グラクソ・スミスクライン株式会社が運営する喘息情報ウェブサイトにて、当HP編集長・二宮清純がナビゲーターを務める対談シリーズ「二宮清純のゼンソク人間学」が好評配信中です。このシリーズでは幼い頃から喘息に悩まされてきた二宮が、病気を克服して活躍しているスポーツ選手、元選手と対談。喘息をいかに乗り越えるかというテーマで話を進める中で、この病気への理解を深め、患者さんを勇気づけることを目指しています。今回はテニスの国別対抗戦デビスカップで日本チームのキャプテンとしてワールドグループ史上初のベスト8入りに貢献した添田豪選手と、喘息の専門医で新潟大学医歯学総合病院医科総合診療部准教授の長谷川隆志先生との対談を実施。その後編を公開しました!
「アイツの守備にはシーズン10勝以上の価値がある」 いつもは選手に厳しい東北楽天・星野仙一監督が、そう絶賛する内野手がいる。セカンドの藤田一也だ。2012年途中に横浜DeNAから楽天に移籍すると、昨季は「2番・セカンド」に定着。高い守備力に加えて打線のつなぎ役を務め、初のリーグ優勝、日本一に貢献した。今季からは移籍3年目ながら選手会長に選ばれ、名実ともにチームを牽引する。節目のプロ10年目を迎えた守備の名手に二宮清純がインタビューした。
伊藤: 日立ソリューションズでは、今年4月に車椅子陸上部が設立されることが発表されました。これは久保さんからのリクエストだったそうですね。久保: はい。冬季はソチで2度目となりますが、もともと目指していた夏季パラリンピッ […]
天野優は高校卒業後の進路として2011年、日本卓球リーグ女子1部のサンリツへの入社を決めた。高校2年の冬にサンリツの前監督からスカウトされていたのだ。同社は日本卓球リーグで優勝を争う強豪で、福原愛がゴールド選手として所属していたこともあった。 「実業団のなかでもトップクラスですし、練習に打ち込める環境も魅力に感じました。また福原さんが所属していたことも大きかったですね」 天野は福原のプレースタイルを参考にしていたのだ。福原とは1シーズン、ともにプレーした。ピッチ、フットワークの速さはどれも世界トップレベルで、天野は「見ていてすごく勉強になりました」と刺激を受けた。
2013年末、アメリカ国内のさまざまな媒体がボクシングの年間賞を制定する際、決まって名前が挙げられた日本人ボクサーがいる。八王子中屋ジムの荒川仁人である。 昨年7月27日に行なわれた荒川対オマー・フィゲロア戦(WBC 世界ライト級暫定王座決定戦)は稀に見る大激闘(フィゲロアが判定勝ち)となり、2013年の年間最高試合候補のひとつとして特筆され続けることになった。
「英語が話せなくて買い物に不自由した」 このようなことは海外旅行などでは珍しくない経験だが、日本国内でもこんな経験ができる場所、いや、してしまう場所がある。噂には聞いていたが、実際に行ってみると驚くべき外国人率の高さ。道行く人はもちろん、英語のみの看板、建築物の雰囲気……まるで海外に来ている錯覚に陥るほどだ。そう、ここ「Niseko」(北海道倶知安町、ニセコ町)はオーストラリア人を中心とした外国人の一大リゾート地と化している。
「あの時が彼女のすべての始まりだったのではないでしょうか」 佐藤利香(明徳義塾卓球部女子監督)が語る「あの時」とは、2009年のインターハイ(IH)高知県予選のことだ。天野優は、個人、ダブルス、団体とすべてのカテゴリーで全国大会出場権を逃したのである。その直後、天野は非常に落ち込んでいたという。しかし、佐藤(利)の「そんなくによくよしていたって何も始まらない。力をつけないと、来年もこうなるよ」という叱咤激励を受け、彼女はすぐに次にやるべきことに集中した。それは、基礎技術の向上である。
二宮: 久保さんには複数のメダル獲得が期待されていますが、久保さん自身はなかでもバイアスロンのミドルでの金メダルを狙っていると聞きました。バイアスロンはクロスカントリーとライフル射撃を組み合わせた競技です。射撃では、安定 […]
天野優の生活には、生まれた時から卓球があった。両親が実業団でプレーしており、実家の近辺には練習場もあった。天野は5歳の時に、両親に教えてもらうかたちで卓球を始め、和歌山銀行卓球クラブ(和銀クラブ)にも入団。平日は自宅、土日は和銀クラブで練習する卓球漬けの日々を送った。その中で、天野は試合をすることが何より好きだった。「負ければ悔しいですけど、勝った時は本当に嬉しい。その瞬間があるから、今も競技を続けているんだろうと思います」。小学1年の時から全国大会に出場するなど、実力の高さを示していった。
「もう2月なのだから、より安定したプレーを続ける必要がある。これまでも良いゲームはあったけど、安定感がなかったことが自分としては気に入らなかった。そろそろ一丸となってペースを上げていく時期だよ」 2月1日のニューヨーク・ニックス戦に106−91で圧勝を飾った直後――。レブロン・ジェームスが残したそんなコメントが、王者マイアミ・ヒートの現状を分かりやすく物語っていた。
グラクソ・スミスクライン株式会社が運営する喘息情報ウェブサイトにて、当HP編集長・二宮清純がナビゲーターを務める対談シリーズ「二宮清純のゼンソク人間学」が好評配信中です。このシリーズでは幼い頃から喘息に悩まされてきた二宮が、病気を克服して活躍しているスポーツ選手、元選手と対談。喘息をいかに乗り越えるかというテーマで話を進める中で、この病気への理解を深め、患者さんを勇気づけることを目指しています。今回はテニスの国別対抗戦デビスカップで日本チームのキャプテンとしてワールドグループ史上初のベスト8入りに貢献した添田豪選手と、喘息の専門医で新潟大学医歯学総合病院医科総合診療部准教授の長谷川隆志先生との対談を実施。その前編を公開しました!
卓球界に今後、ブレークが期待される選手がいる。天野優、21歳。株式会社サンリツ卓球部に所属している社会人3年目の選手だ。戦型は速いピッチで勝負を仕掛ける前陣速攻型。12年の全日本社会人選手権のシングルスで3位に入った。
2012年2月、石本康隆(帝拳)は進退をかけて臨んだ大一番で敗れた。日本スーパーバンタム級のタイトル獲得失敗に終わり、石本は人目もはばからずに号泣した。年齢も31歳と決して若くはなく、引退も真剣に考えた。それでも彼は辞めなかった。いや、諦めきれなかったのだ。石本は再び、チャンピオンを目指す道を走り始めた。以降、4戦4勝3KO。それまで25戦中19勝のうち、わずか3KOだった男のレコードにKO勝ちが次々と刻まれていった。リング上で積極的に仕掛ける姿は、まるで別人に生まれ変わったかのようだった。