その他スポーツ

第78回「真のドリームマッチ」

 3月15日、有明コロシアムは久しぶりに満員の人を飲み込んでいた。  近年、テニス人口が減っている訳ではないのだが、人を呼べる選手が少なくなったのが原因なのか、「ここまで人が入ったのは久しぶりだ」と関係者が喜んでいた。  その有明コロシアムのコートでは3人のアスリートが光を浴びていた。ステフィ・グラフ、マルチナ・ナブラチロワ、伊達公子。80〜90年代を沸かせた往年のスーパープレイヤー達だ。彼女達見たさで集まった人々の興奮感は客席でも十分に感じる事が出来た。

小松剛(法政大学野球部/高知県高知市出身)第3回「切磋琢磨したライバルの存在」

 2007年春、甲子園に“室戸旋風”が吹き荒れた。第79回全国選抜高校野球大会、春夏通じて初出場の高知県立室戸高校が強豪の報徳学園(兵庫)、宇部商業(山口)を下し、堂々の8強入りを果たした。そして迎えた準々決勝の熊本工業戦。結果的に負けはしたものの、最終回には3連打の猛攻で2点を奪い、2点差まで追い詰めるなど、室戸は最後まで粘り強さを見せた。数多くの高校野球ファンが彼らの快進撃に目を丸くした。そして、どんな場面でも笑顔を絶やさず、楽しげにプレーする室戸ナインに釘付けとなった。  その2年前、同校を卒業した小松剛は、母校の活躍をテレビで観ていた。後輩たちの勇姿に感動し、OBとして嬉しさがこみ上げたという。そんな彼にもまた、甲子園を目指して汗を流した時代があった。

小松剛(法政大学野球部/高知県高知市出身)第2回「地元と決めた甲子園を目指す場所」

 小松剛は小さい頃から体を動かして遊ぶことが大好きだった。もちろん体育も得意で、運動能力に長けた少年だった。だが、これといって好きなスポーツがあるわけではなく、野球も決してその例外ではなかった。  そんな小松が野球と出合ったのは小学3年生の時。高知市から室戸市の小学校に転校したのがきっかけだった。

第110回 NBA復権のシーズン

 2月中旬にルイジアナ州のニューオリンズで行なわれた今年のNBAオールスターゲームは、予想された以上の素晴らしい盛り上がりをみせた。 まずは土曜日のスラムダンク・コンテストで、新鋭ドワイト・ハワードが渾身の大技を連発して新王者に就任。さらに日曜日のオールスター本戦でも、ワンサイドゲームに終わりがちな例年とは一線を画す熱戦が展開されて満員の観客を熱狂させた。

小松剛(法政大学野球部/高知県高知市出身)第1回「苦しみの先に待っていた栄光」

 2006年4月9日。  東京六大学春季リーグ戦第1週。  法政大学対東京大学2回戦。  法大2年の小松剛は初めて学生野球の聖地・神宮球場のマウンドに立っていた。彼にとっては記念すべきデビュー戦。だが、不思議と緊張感はなかった。ただあったのは「神宮で投げられる」という喜びだけだった。

ノブ ハヤシ(キックボクサー/徳島県徳島市出身)最終回 「借力(チャクリキ)」

 2004年10月、ノブに大きな転機が訪れる。99年の渡蘭からちょうど5年。日本に拠点を移したノブは自らの意向でドージョーチャクリキの初の支部であるチャクリキ・ジャパンの館長に就任したのだ。その時から、現役格闘家としてジムでトレーニングを積みつつ、後進の指導にあたる生活が始まった。

第3回 “花”のカラーで北京前哨戦へ 〜「世界卓球2008」公式ウエア発表〜

 卓球の世界選手権団体戦(2月24日〜3月2日、中国・広州)の日本選手団記者会見および公式競技ウエア発表がさる1月30日、東京都内で行われた。世界選手権は1年ごとに個人戦・団体戦が行われており、今年は団体戦で日本選手団が世界の強豪に挑む。  会見には世界ランキング10位(日本人トップ)の福原愛、中学3年生の石川佳純ら男女の代表選手が出席、開催地の広州が「花の街」であることから女子は“桃”のピンク、男子は“菖蒲”の紺色がベースとなった公式ウエアに身を包み、大会での健闘を誓った。

第77回「福士加代子はビックマウス!?」

 先日の大阪女子マラソンで大ブレーキをしてしまった福士加代子選手(ワコール)。終了後は完走への執着心を誉める声と、「マラソンをなめるな」という批判に二分されていたようだ。確かに普段からビックマウス系で、コメントが話題先行する選手であるが、今回はレース前の言動などから、必要以上に批判が集中した感は否めない。彼女はどんな気持ちでスタートし、どんな気持ちであの後半を走ったのか。先日、トークショーで相手をさせてもらい話を聞かせてもらった。

ノブ ハヤシ(キックボクサー/徳島県徳島市出身)第3回 「アンディ・フグと最後に拳を交えた男」

 1999年8月22日、有明コロシアム。  弱冠21歳のノブは『K-1ジャパンGP』で衝撃的なK-1デビューを果たした。一回戦で宮本正明から2ノックダウンを奪って1ラウンドKO勝ちを収めると、二回戦では中井一成を開始わずか52秒でマットへ沈めた。準決勝では優勝候補の中迫剛をパワーで圧倒して判定勝ち。決勝では武蔵に判定負けしたものの、「逆輸入ファイター」の異名を日本中に轟かせた。

第109回 ヤンキース・プレーオフ逸の可能性

 今オフのニューヨーク・ヤンキースは意外なほど静かだった。  ここ6、7年は大物FA選手を獲得するのが恒例となっていたのだが、今季は大型補強はゼロ。期せずしてトレードマーケットに出て来た球界No.1左腕ヨハン・サンタナも本腰を入れて獲りにはいかなかった。  結果的に、昨季まで3年連続でプレーオフ初戦敗退したヤンキースは、それとほぼ同じ主力のままで今季の戦いにも挑むことになる。  これまで「オフの王者」の名も欲しいままにしてきたヤンキースらしからぬ方向転換。その陰には、豪腕ジョージ・スタインブレナー氏の独裁政権が本当に終焉した事実がある。チーム作りの主導権は、息子・ハンクとブライアン・キャッシュマンGMの手に完全に移ったのだ。

ノブ ハヤシ(キックボクサー/徳島県徳島市出身)第2回 「3ヶ月間で帰国するはずだったオランダ生活」

 高校卒業後、ノブは様々な格闘技団体から引く手数多だった。空手・極真会館の松井章圭館長、正道会館の角田信朗最高師範から直々に誘われ、リングス、新日本プロレスからも勧誘を受けた。しかし、「自分はキックボクシングをやりたい」と固辞した。

ノブ ハヤシ(キックボクサー/徳島県徳島市出身)第1回「格闘技との出会い」

 190センチ、110キロという日本人屈指の体格、そして、どのような相手であれ、怯むことなく前に出続けるファイトスタイル――。『逆輸入ファイター』の異名をとるノブ ハヤシ(ドージョーチャクリキ・ジャパン所属)は観る者に強い印象を残すキックボクサーである。

第108回 08年世界ボクシング界の「3つのポイント」

 1月19日にニューヨークで行なわれたLヘビー級ノンタイトル戦、ロイ・ジョーンズ対ティト・トリニダードは、戦前に予想された通りの内容、展開、結末となった。 「過去のヒーロー対決」とも陰口を叩かれたこのカード。3年にも及ぶブランクの影響かやはりトリニダードの動きにはキレがなく、中盤以降は体格とスピードに勝るジョーンズが難なく試合をコントロールしていった。結局、ジョーンズが大差判定で勝利。余りに想定通りの流れとなり、波乱の無さが物足りなかった人も多かったかもしれない。

<特別編>青野令(松山市出身/スノーボード・ハーフパイプ) 「南国・愛媛が生んだスノーボード世界チャンピオン」

 スノーボードハーフパイプ界期待のホープ・青野令選手(松山城南高校2年)。愛媛・東温市内の屋内スキー施設「アクロス重信」を拠点に力をつけ、昨季のスノーボードワールドカップ(以下W杯)男子ハーフパイプで、日本人初の総合優勝という快挙を成し遂げた。  2010年バンクーバー五輪での表彰台を目指す青野選手に二宮清純がインタビュー。スノーボードを始めたきっかけ、バンクーバーへの意気込みなどを訊いた。

<特別編>棟田康幸(松山市出身/柔道100キロ超級) 第3回(最終回) 「小さい山から1つずつ」

 日本勢の不振が続いた昨年の世界柔道選手権(2007年9月13〜16日、ブラジル・リオデジャネイロ)、男子無差別級の棟田康幸(警視庁)が5試合オール一本勝ちという充実の内容で優勝を果たした。日本男子に唯一の金メダルをもたらすとともに、北京五輪代表権争いでも大きくアピールした棟田に、二宮清純がインタビュー。2007年を振り返っての思い、北京五輪イヤーとなる2008年の抱負、さらには柔道へ思いを熱く語った。(最終回)

第107回 2008年NFLプレーオフを占う

 今季のNFLシーズンも大詰めを迎え、あとは各カンファレンスのタイトルゲームとスーパーボウルを残すだけとなった。  歴史に残る快進撃を続ける大本命ペイトリオッツ、現役最高のRBラデイニアン・トムリンソンを擁するチャージャーズ、英雄ブレッド・ファーブが絶好調のパッカーズ、そして無印からの快進撃を続けるジャイアンツ……ここまで勝ち進んできたチームにはそれぞれ見所が盛りだくさんである。  近年にないドラマチックなシーズンとなった今季――。最後の関門を勝ち抜き、夢舞台スーパーボウルに辿り着くのはいったいどのチームなのか。

第76回 「スーパーウーマンを育てる国!?」

 RHR(Record Holding Republic)という世界中の記録を集めた本の08年度版に掲載される日本人がいる。もちろん数人はいるであろうと思われるが、その中に私の知人が掲載されるというので早速、本人に聞いてみた。その記録はなんと「最長遠泳記録」で「湖で82キロ」を泳いだというものだ。「82キロ」って泳げるものなのか?

<特別編>棟田康幸(松山市出身/柔道100キロ超級) 第2回 「いつか超えたい父の背中」

 日本勢の不振が続いた昨年の世界柔道選手権(2007年9月13〜16日、ブラジル・リオデジャネイロ)、男子無差別級の棟田康幸(警視庁)が5試合オール一本勝ちという充実の内容で優勝を果たした。日本男子に唯一の金メダルをもたらすとともに、北京五輪代表権争いでも大きくアピールした棟田に、二宮清純がインタビュー。2007年を振り返っての思い、北京五輪イヤーとなる2008年の抱負、さらには柔道へ思いを熱く語った。(第2回)

<特別編>棟田康幸(松山市出身/柔道100キロ超級) 第1回 「満足できなかった金メダル」

 日本勢の不振が続いた昨年の世界柔道選手権(2007年9月13〜16日、ブラジル・リオデジャネイロ)、男子無差別級の棟田康幸(警視庁)が5試合オール一本勝ちという充実の内容で優勝を果たした。日本男子に唯一の金メダルをもたらすとともに、北京五輪代表権争いでも大きくアピールした棟田に、二宮清純がインタビュー。2007年を振り返って、北京五輪イヤーとなる2008年の抱負、さらには柔道への思いを熱く語った。

第106回 2008年は「米スポーツ界・夜明けの年」となるか

 2007年は残念ながら米スポーツ界にとって素晴らしい年ではなかった。  MLBワールドシリーズ、NBAファイナルは共に盛り上がらぬままスイープ決着。NFLスーパーボウルも内容に乏しかった。最終決戦がどれも凡戦で終わったため、それぞれのシーズンはどこか引き締まらない形で幕を閉じることになったのだ。それだけならまだしも、昨年の真のハイライトは各競技のフィールド外からわき上がった数々の醜聞だった。  07年は、人呼んで「Cheater(詐欺師)たちの年」。その言葉通り、スポーツ界から様々な形での規則違反者が続発したのだ。

久保尚志(鷺宮製作所硬式野球部/香川県観音寺市出身)最終回「野球が好きだから……」

 春夏連続の甲子園出場、加えて選抜では優勝投手となった久保尚志は、プロのスカウトからも注目される存在だった。しかし、彼は自ら進学を希望した。 「その年から大学への進学を表明した選手をドラフトで指名することはできなくなりました。僕がプロを志望すれば指名されていたかもしれません。でも、自分がプロになれるとは全く思えなかったんです」

久保尚志(鷺宮製作所硬式野球部/香川県観音寺市出身)第4回「プレッシャーとの闘い」

「優勝が夏だったら、最高だったのに……」  次々と押し寄せてくるプレッシャーの波に耐えながら、久保尚志はそう心の中でつぶやいていた。  春の選抜で初出場初優勝を果たした観音寺中央高校。大会後はマスコミにも大きく取り上げられるようになり、新聞や雑誌には必ずと言っていいほど『春夏連覇』の4文字が躍った。そんな中、久保はチームに違和感を感じ始めていた。

第105回 薬物使用選手の実名公表は必要だったのか

 12月15日、MLBが激震に見舞われた。  元上院議員のジョージ・ミッチェル氏が責任者となってまとめられた禁止薬物調査「ミッチェル・レポート」がついに公開。その中で、約90名ものメジャーリーガーたちが過去の禁止薬物使用者として公表されたのだ。  ロジャー・クレメンス、アンディ・ペティート、ミゲル・テハダ、エリック・ガニエ……そこには多くのビッグネームも含まれていたため、アメリカでも当然のごとく絶大な反響と興味を呼んでいる。

第75回 「光のさしたトライアスロン界」

 12月3日の朝、翌日から海外に行く事もあり、やること山積状態でパソコンに向かいMailチェック。と、驚くべきNewsが入っていた。 「田山寛豪がワールドカップ優勝!?」  正直、読み間違いかと目を疑った。しかし、何度読み返してもはっきりとそう書いてあるではないか。これまで日本人がワールドカップで優勝した事はなく、男子においては今年に入ってトップ10入りさえなかった状態。関係者でさえも、優勝を夢見てはいたが、予想すらできなかっただろう。なのに、いきなりの優勝。喜びよりも驚きの方が大きかったというのが本当のところだ。

久保尚志(鷺宮製作所硬式野球部/香川県観音寺市出身)第3回「古豪を封じたエースの快投」

 決勝の朝を迎えた。エース・久保尚志はここまで3連投を含む4試合に登板。疲労は蓄積し、体はズシリと重かった。だが、彼の心は喜びに満ち溢れていた。その理由は前日まで激痛が走っていた右肩の回復にあった――。

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