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2006年8月8日、熊代聖人は甲子園のマウンドに立っていた。 「うわっ、すっげぇ。オレ、ほんとに甲子園に来たんだ……」 幼少時代から憧れ続け、テレビでしか見たことのなかった夢舞台。そこに自分がいることが熊代は嬉しくて仕方がなかった。だが、「夢と感動」とともに、球児に「試練」を与えるのが甲子園だ。 「いやぁ、今思い出しても悔しいですね」 2年以上も前のことだというのに、熊代には今でもあの時の悔しさが残っている。それほど大きな試練が熊代を待ち受けていた。
フィリーズが4勝1敗でレイズを下した今季のワールドシリーズは、残念ながら盛り上がりに欠けた感は否めなかった。 テレビ視聴率は史上最低。その最大の理由は、フィラデルフィアで行われた3〜5戦が悪天候の影響をもろに受けてしまったことなのだろう。
「ほら、あそこ。今、セカンドを守っているのが熊代ですよ」 案内をしてくれたマネジャーが指さした向こうには初々しさがまだ残る青年の姿があった。熊代聖人、19歳。今春、愛媛の強豪・今治西高校から日産自動車に入社した社会人1年生だ。 高校まで投手一筋できた熊代は、甲子園のマウンドを3度経験。高校3年の夏にはエースとしてチームをベスト8に導いた。その熊代が今年、入社を機に打者に転向した。それはプロの道を切り拓くための勇断だった。
スペインで3つ目のクラブとなったラス・パルマスは、2部とはいえリーガでも屈指の名門クラブだ。福田は07−08シーズン、この地に活躍の場を求め、念願の1部リーグ昇格を目指していた。しかし、シーズンの開幕早々に、生涯で初めての経験という右腿の肉離れを起こし、2週間後にもう一度、同じ箇所を痛めてしまう。序盤に躓いたことで、出場機会が巡ってくることは少なくなった。
「本当に死んでしまうのではないか」 メキシコ・パチューカに移籍しての初練習で、福田の表情は青ざめていた。練習自体が厳しかったわけではない。その場所が問題だったのだ。移籍当初、福田を苦しめたのは、パチューカという場所だった。なんと標高が2400メートル。富士山の6合目にあたる高地が、福田にとってホームタウンになったのだ。
楽しみなNBAの新シーズン開幕が間近に迫っている。 昨季のNBAはセルティックス、レイカーズという伝統チームの台頭で、近年最大級の盛況シーズンとなった。迎える今季も魅力的な役者が多いことでは変わらず、リーグ全体の人気復活をさらに押し進める1年となりそうである。 そこで今回は、数ある強豪の中から特に注目すべき4チームをピックアップして見どころを探っていきたい。ここで取り挙げたセルティックス、レイカーズ、キャブス、ロケッツは08〜09年を通じて様々な話題を呼んで行くことはまず間違い無い。
10月といえばプロ野球のクライマックスシリーズ、ラクビーではトップリーグの真っ最中。陸上ではトラックシーズンの最後で、いよいよロードに移行しようという季節だ。それぞれの種目ならでは「10月」があるが、国内では体育の日が設定されているだけあってスポーツ花盛り。週末は観戦に忙しいという方も多いのではないだろうか。 トライアスロンにとっても「10月」は大切な季節。世界のアイアンマンシリーズの頂点である「ハワイアイアンマン・ワールドチャンピオンシップ」が開催されるからだ。ちなみに今年は10月11日に開催された。
念願の海外移籍を果たした福田は、2004年にパラグアイに降り立った。移籍先のグアラニは国内リーグの屈指の強豪クラブで、南米クラブ王者を決定するリベルタドーレス杯への出場権も持っていた。
9月、2010年南アフリカW杯アジア最終予選が開幕した。日本代表は初戦となるアウェーでのバーレーン戦に勝利し、4大会連続本大会出場を目指して好発進をした。彼らが勝利した1週間後、全く異なる形で世界に挑戦しヨーロッパの新天地でシーズン開幕を迎えた日本人FWがいる。
ヤンキースが凋落した今季、ニューヨークのもう1つの雄・メッツにかかる地元の期待は大きかった。 そのメッツも序盤こそ低迷したが、シーズン中盤にジェリー・マニエルが新監督に就任して以降はチーム状態が一気に向上。9月中旬の時点でナリーグ東地区の首位をキープし、前途は洋々と思われた。 しかし……3.5ゲーム差で迎えた最後の17試合で7勝10敗と崩れたメッツは、あっさりと地区2位に転落。さらにワイルドカード争いでもブリュワーズに敗れ、プレーオフ進出すら逃してしまった。
「シドニー五輪を目指して、本格的にビーチバレーをやらないか?」 突然、思いもよらない電話がかかってきた。声の主は、前年に国内企業では初めてとなるビーチバレーボールチームを立ち上げた株式会社ダイキ(松山市)の専属コーチ、瀬戸山正二(現・日本ビーチバレー連盟理事長)だった。チームには佐伯美香、徳野涼子、清家ちえと後に五輪出場を果たす有望選手がそろっていた。 「まさか自分が誘われるなんて思ってもみなかった」 楠原にとっては青天の霹靂ともいうべき出来事だった。
「強くなりたい」という一心で楠原千秋が進学先に選んだのは大分県の扇城高校(現・東九州龍谷高)だった。 実は楠原は年が明けてもまだ進学先を決めてはいなかった。1月の台湾遠征に呼ばれた時点でも、まだ志望校すらはっきりしていなかったのである。そんな時、遠征で一緒になった友人が扇城高に進学することを聞いた。楠原には初めて耳にする校名だった。
今週は伝統のヤンキースタジアムにとって最終週――。 しかしこのメモリアルウィークにヤンキースがまさか消化ゲームを戦う羽目になるとは誰も想像できなかっただろう。過去13年連続でポストシーズンに駒を進めて来た常勝軍団が、今シーズンは久々にプレーオフを逸することがすでにほぼ確定的となってしまった。 この「歴史的な失敗」の原因はいったいどこにあったのか。一般に最大の誤算として考えられている故障者続出(王建民、ホルヘ・ポサダ、松井秀喜ら)以外に、今回は筆者が考える3つの敗因を付け加えていきたい。
子供の頃、力士をみると「お相撲さん」と言って注目したものだ。あの常人離れした体格、びんつけ油の独特の匂い、体格から想像できない身のこなしなどは子供心に興味と憧れを抱いていた。相撲のシーズンになると、夕方のおじいちゃんは必ずTVの前。相撲を観戦することを仕事のように日課にしており、そんなおじいちゃんを見ていた記憶が残っている。
楠原千秋がバレーボールを始めたのは小学3年の時だった。 「バレー部の先輩に誘われたからという本当に単純な理由なんです。運動部というと、バレーかバスケしかなくて、選択肢がなかったこともあります。まぁ、スポーツは好きでしたし、当時は身長も高い方だったので、やってみようかなと」 そんな軽い気持ちで始めたバレーだったが、楠原はすぐにその面白さにのめりこんでいった。
「今回の悔しさは、アテネの時とは比べものにならないですね」 北京五輪ビーチバレーボール女子日本代表の楠原千秋は、北京での戦いについてそう語った。インタビュー中、表情こそ終始、笑顔がこぼれていた楠原だが、言葉の端々からは力を出し切れなかったことへの悔恨の念がにじみ出ていた。
ニューヨークのスポーツファンは今年1〜2月のジャイアンツの快進撃を決して忘れることはない。 NFC全6チーム中5番目の成績でのプレーオフ進出ながら、ニューヨーク・ジャイアンツは上位シードのチームを軒並み撃破してスーパーボウルに進出。そしてその夢舞台では、レギュラーシーズンから全勝を続けていたニューイングランド・ペイトリオッツをファイナルドライブで逆転して勝利を飾った。まるでハリウッド映画のような奇跡的なゲームだった。
2008年8月8日、午後8時8分(現地時間)、北京五輪が華々しく開幕した。開会式が行われたメイン会場の国家体育場、通称「鳥の巣」には世界から史上最多の204カ国・地域のアスリートたちが一堂に会し、これから始まる17日間に及ぶ戦いを前に気持ちを高ぶらせていた。 その中にはビーチバレーボール女子日本代表の楠原千秋の姿もあった。 「よしっ、いよいよ始まる!」 4年間、待ち続けてきた舞台の幕開けに酔いしれると同時に、改めてメダル獲得への意気込みを感じていた。
北京五輪に出場した日本代表選手団の解団式が26日午前、東京都内のホテルで行われた。日本選手団の主将を務めた柔道男子100キロ級の鈴木桂治(平成管財)、旗手を務めた卓球女子の福原愛(全日空)の手によって、選手団旗が日本オリンピック委員会(JOC)に返還された。
阪東がエドウィン・バレロ(帝拳)と拳を交えたのは2005年9月に遡る。「連続1ラウンドKO」の世界記録(当時は15試合連続。18試合まで記録を伸ばしたが、その後記録は破られた)保持者バレロへの挑戦者が公募された。
【ソフトボール】 <決勝> 日本代表=3 00110013 00010001 アメリカ=1
開催前は重苦しい雰囲気だった北京オリンピックも、始まってみると予想以上に盛り上がっているようだ。もちろんグルジア侵攻や、思想弾圧など嫌なニュースも聞こえてくるけど、それを吹き飛ばすくらい、アスリートの熱い戦いは人の心をつかむということか。 そんな中でちょっと気になるニュースが2つ。女子マラソンの野口みずきと、中国の英雄、男子110メートルハードルの劉翔の棄権だ。どちらもアテネ五輪金メダリストで国民的英雄、今回も金メダル候補最右翼で、国民の期待は大。本人へのプレッシャーも並々ならぬものがあったはずだ。しかし、どちらもスタートを切らずして棄権。それに対する国民の反応の大きさは並々ならぬものがある。ただ、同情票が多い野口選手に対し、非難が多い劉翔。どちらも本人の望むところではなかったはずなのだが、この違いは国民意識の差なのだろうか。
21日に行われた卓球女子シングルス4回戦で、福原愛(ANA)は世界ランキング1位の張怡寧(中国)と対戦した。 福原は張に5−11、2−11、5−11と3ゲーム連取されたが、そこから粘りを見せ、第4ゲームを11−9で奪う。第5ゲームも一時はリードするなど食い下がったが、惜しくも及ばず8−11。1−4で敗れ、準々決勝進出はならなかった。 福岡春菜(中国電力)、平野早矢香(ミキハウス)はともに3回戦で敗退した。
21日は女子の団体2種目がメダルをかけた大一番に挑む。まず。20日に昼夜の延長戦を戦い、決勝にコマを進めた日本は、準決勝で敗れた米国と再度、激突する。1日で計21イニング318球を投げきったエース上野由岐子の3連投が予想されるが、おそらく疲労はピークを越えているだろう。チャンスで1本出ていれば、2試合とももっと早く決着がついていた。決勝では打線が打って上野を助ける番だ。ソフトボールは今大会をもって五輪の正式種目から外される。“最後”の金メダルをぜひ日本に持ち帰りたい。
【シンクロナイズドスイミング】 <女子デュエット> 決勝 1位 ロシア 99.251 3位 日本 97.167 (原田早穂、鈴木絵美子)