その他スポーツ

中田亮二(亜細亜大学硬式野球部/高知・明徳義塾高校出身)最終回「キャプテン就任の真相」

「初めて見たのは、彼が中学3年のとき。既にセレクションは終わっていたのですが、一人、僕ら(明徳義塾高校)の練習に参加したんです。最初に思ったのは、とにかくでっかいやつだなぁと(笑)。でも、バッティングを見たら、レギュラーの選手よりもヘッドスピードが速くてビックリしたことを覚えています」  中田亮二の第一印象をそう語ってくれたのは、明徳義塾、亜細亜大学の先輩である鶴川将吾(パナソニック)だ。2人は高校時代から仲がよく、今でも月に一度ほど、電話で話をするという。共に気の合う理由を「野球以外は適当だから」と語る。 「鶴川さんは野球に関しては、本当にマジメで黙々とやる人なんです。でも、私生活においては結構いい加減(笑)。それが自分と似ているなと」(中田) 「僕も中田も野球とそうでない時とのオンとオフがはっきりしています。プライベートではバカなところが合うんですよね」(鶴川)  普段は悩みをほとんど人に話さず、自分で解決するという中田だが、鶴川には弱音を吐くこともある。今日の中田は、この信頼できる先輩との出会いが大きく影響している。

中田亮二(亜細亜大学硬式野球部/高知・明徳義塾高校出身)第3回「信じられない幕切れ」

「オマエらの学年はオレが今まで監督をやってきた中で一番弱いチームだ」  3年生が引退し、1、2年生だけの新チームが発足した。レギュラーのほとんどが抜けたチームに馬渕史郎監督は厳しい言葉を投げかけた。しかし、それは選手の誰もがわかっていたことだった。 「僕たちもこのままではダメだという強い危機感をもっていました」と中田亮二は言う。無論、それで甲子園を諦める者は誰もいなかった。自らの手で甲子園を手繰り寄せるべく、冬場の厳しいトレーニングに耐えた。

北京五輪銀メダリスト内村ら、7カ国の強豪たちが出場 〜体操JAPAN CUP 2009〜

 18、19の両日、幕張メッセで「第1回体操JAPAN CUP 2009」が行なわれる。大会には北京オリンピック金メダリスト4名を含む48名が出場、参加国は7カ国に及ぶ。3年後のロンドンオリンピックを見据えた、世界トップクラスの強豪選手たちが顔を揃える。日本のエース格は北京オリンピック男子個人総合銀メダリスト内村航平(日体大)と、女子の鶴見虹子(朝日生命体操ク)だ。2人を中心に男女ともに好成績が期待される。初日の18日は国別団体、2日目の19日は個人総合が行なわれ、ハイレベルな激戦が繰り広げられる。

第142回 「ワールド・ボクシング・クラシック」はボクシングを変えるか?

 人気ボクサー、アーツロ・ガッティの悲劇的な死亡事件にボクシング界が揺れた直後の7月13日、新たな希望を与える記者会見がニューヨークで行なわれた。  この日、聖地マディソン・スクウェア・ガーデンの壇上にスーパーミドル級の王者、コンテンダーたちが終結。世界中から集まった6人のスターボクサーが、今秋よりトーナメント戦で頂点を争うことが発表された。ボクシング界では初めての試みと言える真の王者決定戦、「スーパー・シックス 〜ワールド・ボクシング・クラシック〜」がこれから開催されることになったのである。

第94回「日本人のツール・ド・フランス」

 毎年この時期になるとロードレースの最高峰「ツール・ド・フランス」関連のコラムを書くのが恒例になっている。もちろん今年も書かせてもらうが、今回は昨年までと状況が違う。そう、日本人が2人も出場するという史上初の快挙に、ファンもメディアも盛り上がっているからだ。

中田亮二(亜細亜大学硬式野球部/高知・明徳義塾高校出身)第2回「最初で最後のホームラン」

「カキーン!」――。白球はグングン伸びていき、レフトスタンドへと消えていった。マウンドには横浜高のエース、涌井秀章がボールの行方を見詰めていた。涌井といえば、今や押しも押されもしない埼玉西武のエース。北京五輪や第2回ワールド・ベースボール・クラシックでも日本代表に選出されたほどの実力者だ。その涌井が高校時代に甲子園で打たれたホームランは3本。そのうち逆方向へは1本である。それが中田亮二のホームランだった。

中田亮二(亜細亜大学硬式野球部/高知・明徳義塾高校出身)第1回「試練のプロローグ」

「中田亮二」。昨年12月、広島カープに1位指名された亜細亜大学の主砲・岩本貴裕を尋ねた際、「来年の注目選手は」という質問に真っ先に挙がったのが彼の名だった。  愛嬌たっぷりの笑顔は、先輩の岩本にどことなく似た雰囲気を醸し出している。その岩本の後を継いで、今年のドラフト候補では「大学生野手No.1」の呼び声高い逸材。それが中田である。

楯山親方(元関脇・玉春日/愛媛県西予市出身)最終回「郷土力士を育てたい」

: 引退後は、部屋付きの親方として若手を指導する立場になりました。教わる側から教える側になっての変化は? : 今まで現役として部屋の若い衆に見られてきたわけですから、自分ができなかったことを人にやれと言っても説得力がない。ですから、自分がやってきたことをしっかり教えるようにしています。相撲は結果が良ければ、それでいいものではない。結果に至るまでの過程が大事です。礼儀作法から始まって稽古への取り組み方に至るまで、基本を大切に指導しています。

楯山親方(元関脇・玉春日/愛媛県西予市出身)第4回「自ら考えた張り手対策」

: 親方といえば、アマチュア時代から勢いのある突き押しが持ち味でした。大相撲に入って取り口に変化はありましたか? : スタイル自体は変わっていません。ただ、大相撲になると張り手が加わる(アマチュアでは禁止技)。相手から張り手をバーンとくらうと一瞬、グラッとくることがよくありました。

第140回 レイカーズが15度目の王座に 〜2009年NBAファイナル回顧〜

 全米一の人気チームであるレイカーズと上昇一途のマジックが対戦した今季のNBAファイナルは、レイカーズが4勝1敗で圧勝。伝統フランチャイズの威厳をまざまざと見せつけ、15度目のファイナル制覇を達成した。  最終戦となった第5戦は敵地オーランド開催だったというのに、試合後のアリーナはレイカーズのための一大パーティ会場となった。勝利が決まった瞬間、コービー・ブライアントが大きくジャンプして拳を突き上げたシーンは、今年のスポーツ界でも最大級のハイライトとして記憶されていくだろう。長いシーズンの終わりに相応しい、それは華やかで感動的な光景だった。

第93回「新城幸也の快挙!」

 6月15日、日本の自転車界にとって素晴らしいニュースが飛び込んできた。 「新城幸也、ツール・ド・フランス出場決定!」。私も思わずそのリリースを読みなおしてしまった。サイクルロードレースの頂点ともいえるツールに日本人が出場するのは1996年の今中大介さん以来3人目。久々のビックニュースに一般メディアも含めて自転車界は大いに盛り上がった。

楯山親方(元関脇・玉春日/愛媛県西予市出身)第3回「思い出の一番は貴乃花戦の初金星」

: 初土俵は1994年の1月場所。幕下付出からのデビューでした。最初の取組のことは覚えていますか? : 覚えています。めちゃくちゃ緊張しました。まずお客さんの多さにビックリしましたね。アマチュア相撲でガラガラの中、相撲をとることに慣れていましたから、その熱気に圧倒されました。

プロゴルファー福嶋晃子選手との対談を配信! 〜喘息情報サイト「Zensoku.jp」〜

 グラクソ・スミスクライン株式会社が運営する喘息情報ウェブサイトにて、当HP編集長・二宮清純がナビゲーターを務める対談シリーズ「二宮清純のゼンソク人間学」が好評配信中です。幼い頃から喘息に悩まされてきた二宮が、病気を克服して活躍しているスポーツ選手や各界の著名人などをゲストにお招きします。喘息をいかに乗り越えるかというテーマで話を進める中で、この病気への理解を深め、患者さんを勇気づけることを目指しています。現在、女子プロゴルフで活躍中の福嶋晃子選手(NEC)、帝京大学医学部内科学講座呼吸器・アレルギー学教授の大田健先生との対談を公開中です。

楯山親方(元関脇・玉春日/愛媛県西予市出身)第2回「とまどった大相撲の上下関係」

: 親方の出身地は旧野村町。年に1度、乙亥大相撲が開催され、もともと相撲が盛んな町ですね。 : そうですね。僕も小学生の時から出場していました。当時はそんなに強くなかったのですが、体が大きかった。相撲好きの父や先生に勧められてやらされていました。

第139回 2009年NBAファイナル展望

 今季のNBAファイナルはレイカーズ対マジックの対戦となった。  レブロン・ジェームス率いるキャブスが敗れてしまい、レブロンとコービー・ブライアントの最強プレーヤー対決を期待していたファンたちはがっかりしたことだろう。しかし代わりに檜舞台に上がるマジックも多数の魅力的な若手スター候補を擁しており、シリーズ開戦後はフレッシュなプレーで全米のスポーツファンを沸かせてくれるに違いない。  長い旅路の果てに、頂点に立つのは通算15度目のファイナル制覇を目指す名門レイカーズか。あるいは大黒柱ドワイト・ハワードを軸に躍進を続けるマジックか。今回はこの最終決戦の見どころをいくつかピックアップしていきたい。

楯山親方(元関脇・玉春日/愛媛県西予市出身)第1回「我が土俵人生に悔いなし」

 5月30日、元関脇・玉春日が大銀杏に別れを告げた。両国国技館で行われた引退、年寄楯山襲名披露大相撲。総合格闘家の桜庭和志をはじめ、約300人がまげにはさみを入れ、15年間の労をねぎらった。「みなさまに応援していただいたおかげで、長く相撲を続けることができました」。涙をこらえていた断髪式とはうって変わり、ファンに挨拶した時の晴れやかな表情がとても印象的だった。当サイトでは1999年の開設直後、「FORZA EHIME」コーナーで玉春日を特集している。あれから10年、その土俵人生と今後の夢に編集長・二宮清純が迫った。

鷹野宏史(JRA騎手/高知県高知市出身)最終回「実現させた中央移籍と夢の続き」

 中央競馬2次試験を2カ月後に控えた07年大晦日。鷹野は高知競馬で落馬負傷し左足くるぶしを骨折してしまう。本来ならば完治するのに3カ月はかかる重症だ。くるぶしは馬に騎乗する際、曲げ伸ばしをするため負担がかかりやすい。「これはまずい」。試験まで時間がない中、鷹野は焦りを感じた。

第92回「自転車月間に思う国内自転車事情」

 5月が自転車月間だというのはご存じだろうか? 残念ながらあまり認知されていないようだが、自転車普及協会を中心にそういうことになっており、さまざまなイベントが開催されていたりする。ちょうど今週は、大阪から東京にかけて1週間にわたって繰り広げられるツアーオブジャパンなども開催され、新聞などで目にする機会もあるだろう。いや、そうあって欲しい!?

鷹野宏史(JRA騎手/高知県高知市出身)第3回「乗り越えなければならない大きな壁」

 騎手会長として精力的に高知競馬のPR活動をしていた鷹野に1つのニュースが飛び込んできたのは2003年10月のこと。そのニュースは、これまで考えたこともなかった中央競馬への道を意識させるものだった。兵庫・園田競馬所属の赤木高太郎騎手が中央競馬騎手試験の1次試験を突破したのだ。

第138回 ヤンキースが失ったもの

 ニューヨーク・ヤンキースが今年も出遅れている。  オフの間に華々しい大型補強を展開し、今季こそはハイレベルなア・リーグ東地区でも圧倒的な強さで突っ走ると予想した識者も多かった。しかし蓋を開けてみれば、5月13日の時点で16勝17敗と低迷。地区首位にすでに5.5ゲームの差をつけられ、(例によって)至上命令と位置づけられた王座奪還に早くも暗雲が漂っている。

鷹野宏史(JRA騎手/高知県高知市出身)第2回「競馬界に押し寄せるボーダレスの波」

 中央と地方の間に大きな壁が存在した1994年、日本の競馬界を根本から変える1つの改革案が示された。「地方交流レースの創設」だ。各地区で中央競馬認定の競走を実施し、勝ち上がった馬は地方競馬所属のまま、中央のクラシックレースに挑戦することができるというものだった。この交流制度を世に知らしめたのは、岐阜県・笠松競馬場に所属していたライデンリーダー。『開放元年』と言われた95年、10戦10勝で地元のレースを勝ち抜き、中央競馬のクラシックレース第1弾・桜花賞(G?)への出走権をかけ、報知杯4歳牝馬特別(G?)に出走した。

鷹野宏史(JRA騎手/高知県高知市出身)第1回「原点は高知競馬場」

 季節はずれの豪雨が降りしきる中、レースは始まった。13番枠から好スタートから切った6番人気のドリームハッチは3番手につける。泥のかぶらない好ポジションを得て、抜群の手応えで4コーナーを回り直線を向く。ゴールまで残り200メートル。内をすくって伸びてきたのは1番人気のシーフォーアイだ。本命馬に一度交わされかけたドリームハッチは騎手の激しいアクションに応えて、シーフォーアイを差し返す。激しい叩きあいの末、ドリームハッチのハナが前に出たところがゴール。4月25日、東京競馬場第7レース。見事な勝負根性をみせたドリームハッチの鞍上にいたのは鷹野宏史。この勝利が鷹野にとって、中央競馬で4つ目の勝利となった。

第137回 「コービー対レブロン」実現へのカウントダウン

 昨季はレイカーズ対セルティックスという古豪同士がファイナルで対決して話題を呼んだNBAが、今季は「最強選手決定戦」実現の可能性に揺れている。  レイカーズのエースとしてすでに3度の優勝を経験したコービー・ブライアントは、2年連続のファイナル進出に向けて虎視眈々。一方で今季MVP獲得が確実なレブロン・ジェームスも、所属するキャブスを初のタイトルが狙える地点まで押し上げてきた。

菅沼実(柏レイソル/元愛媛FC)最終回「レイソルでタイトルを」

 愛媛時代、菅沼の印象に残っている試合がある。それが古巣・柏とのゲームだった。愛媛のオレンジのユニホームを身にまとい、初めて日立台のピッチに立つと、少し不思議な感覚がした。「試合になったら関係ないと思っていましたけど、やっぱり、みんな知った選手ばかりですからね」。柏の熱いサポーターからはブーイングを浴びせられると思っていたが、思いのほか、温かく迎えられた。「ブーイングもされないような選手なんだと、少し悔しかったですね」

Back to TOP TOP