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近年、日本人の躍進が目覚ましいサイクルロードレース界。ここでまたひとつ新しい快挙が生まれた。オランダのチーム「スキルシマノ」に所属する土井雪広選手が、日本人として初めてスペイン一周レース「ブエルタ・ア・エスパーニャ」に出場、そして完走を果たしたのである。
「あんなふうにオリンピックで演技できたらいいな」――テレビの向こうでは世界最高峰の舞台で活躍する先輩の姿があった。 1992年、バルセロナオリンピック。団体で銅メダルを獲得した体操日本代表の一人、畠田好章の姿が高校1年の藤本佳伸にはまぶしく見えた。畠田は藤本が当時通っていた鳴門高校器械体操部OBだった。小、中学校時代には同じ体操クラブに通っていた先輩であり、彼にとっては身近な存在だった。その畠田が世界の舞台で堂々と演技している。その姿に藤本はほんの少しだけ将来の自分を重ねていた。はっきりと「目標」とは言えないまでも、オリンピックは彼にとって目指すべき舞台であることは確かだった。しかし約1年後、その夢ははかなく散った。それはあまりにも突然の出来事だった。
男子卓球で北京に続く2大会連続の五輪出場を決めた岸川聖也は、少年時代から世界で戦ってきた選手である。中学3年時よりドイツに渡って腕を磨き、北京五輪の団体では、そのドイツにあと一歩のところで敗れ、メダルを逃した。「オリンピックは4年に1度。その時に勝つしかない」。ロンドンでの目標はもちろんメダル獲得だ。24歳ながら日本を代表するプロ卓球選手となった岸川に、二宮清純が世界との違いを訊いた。
パーン、パーン、パーン……。 8月中旬、千葉県柏市にあるテニストレーニングセンター(TTC)のドアを開けると、すぐにテニス独特の乾いた音が聞こえてきた。室内とはいえ、「今年一番」というほどの最高気温をマークしたこの日、じっとしていても汗がしたたり落ちるほどの蒸し暑さだった。そんな中、一番端のコートでは男性が一人、コーチが打つボールを必死に追いかけていた。車いすプレーヤーの藤本佳伸だ。小学生の時から器械体操をやっていたということもあり、上半身はテニスプレーヤーらしからぬ強靭な肉体であることは傍目からも十分にうかがい知ることができた。こちらに気付くと「こんにちは!」と屈託のない笑顔を向けてきた。その表情は充実感に満ち溢れているように感じられた。
ボクシングの元6階級制覇王者オスカー・デラホーヤが、8月30日にテレビ放送されたインタヴューで衝撃的な告白を行なった。 「ここ2年間、自分の人生はどん底だった。生きている価値があるのかと考えた。自らの命を絶つ勇気まではなかったが、それを考えていたことは確かだ」 9歳の頃から始めたという飲酒が過去2年、エスカレートし、コカインも併用したという。偽物だと強硬に主張し続けて来た数年前の女装写真も、実は自身のものであったと自白。その過程で夫人とも別居状態となり、乱れ行く人生に絶望し、自殺まで頭をよぎったというのだから穏やかではない。
金丸にとって4度目の世界陸上が開幕した。男子400mの予選は5組で争われ、各組の上位4着までと、5着以下の中からタイム順で4人までが準決勝に進める。金丸は予選3組に入った。同組には前回大会と北京五輪を制したラショーン・メリット(米国)がいた。
世界陸上の開幕が近づいてきた。金丸が出場する男子400mは大会2日目の28日に予選を迎える。予選突破、そして大きな目標として掲げる決勝進出には何が必要なのか。 「いろいろありますけど、現段階で言えばスピードですかね。単純な速さではなくて、400mを走る上でいかに高いレベルでスピードを維持できるかが大事だと考えています」
MLBを代表するライバル同士、ヤンキースとレッドソックスが今季もアメリカン・リーグ東地区で熱い首位争いを演じている。 両チームともに日本人選手は不在となったが、その強さと米国内での注目度の高さは変わらぬまま。8月18日のゲームが終わった時点で、ヤンキースが75勝47敗、レッドソックスは75勝48敗とリーグ1、2位の成績を残しているのだ。
トライアスロンを長くやっていると、いろいろと驚かされることが多い。中でもハンディキャップを持つ方のチャレンジが意外にも多く、その姿勢に頭が下がる思いをすることがある。
金丸には第一人者にしか分からない独特の感覚がある。トラックを駆け抜ける際、地面に「かみつく」イメージを持っているというのだ。 「足をパンとムチのように地面に叩きつけて、しっかりかみつかせる。その勢いで体を前に持っていく。そういう意識で走っています」
小さい頃から足の速い子どもだった。 大阪府高槻市に生まれた金丸は、元気いっぱいの幼少時代を過ごした。とにかく外で遊ぶのが大好きで、近くの田んぼで足を泥だらけにして炎症を起こしたこともあるほどだ。小学校ではその俊足を生かし、3年生からサッカーを始めた。 「でも足が速いだけで、ボールを蹴るのがヘタクソだったんです。せっかくゴール前まで行ってもシュートを外しちゃうんで(笑)」
メジャーに渡って2年目の五十嵐亮太が、少しずつ真価を発揮し始めている。 2年300万ドルというリリーバーとしてはまずまずの契約でメッツに入団するも、1年目の昨季は1勝1敗、防御率7.12と苦しい成績で終了。同期入団の高橋尚成(現エンジェルス)が「ニューヨークの掘り出し物」になったのと比べ、より期待の大きかった五十嵐の方は誤算に終わってしまった感は否めなかった。 2年目の今季も開幕こそマイナースタートだったが、しかし3Aバッファローでは21試合に登板して防御率0.87と完璧な内容。そこで実力を認めさせると、7月中旬にメジャー再昇格以降は8試合で7回1/3を投げて9奪三振(2自責点)と好内容の投球を続けている。当初は敗戦処理的な役割が多かったが、最近は重要な場面で起用されることも増えてきた。
低い姿勢から大きなストライドでグングン加速し、先頭で風を切る。金丸祐三は今、日本で最も速く400メートルを走る男である。高校3年時に日本選手権を制し、今年で7連覇を達成した。この9月で24歳。スプリンターとしては、ここから脂がのってくる時期である。
「Wエースとしてがんばろう」 福島由登と奥村翔馬の入学当初からの約束――1年の時、奥村は福島の筆箱にこの言葉を書いた。母・祥子には未だに忘れられない出来事として記憶されている。 「筆箱に書いた字なんて、普通なら2、3年も経てば、薄くなってほとんど消えてしまうと思うんですけど、結局卒業するまで消えなかったらしいんですよ。それほど2人の絆は強かったのかもしれませんね」 2008年は、その“Wエース”にとって忘れられない夏となった。
日本中を元気にしてくれた「なでしこJAPAN」。震災後、いいニュースが少ない日本国内に、本当に嬉しい明るい話題だった。普段はサッカーのことなど語らない、いや興味がない主婦までもが「なでしこ」の言葉を語るのは、いかにこのニュースが皆を惹きつけたかを物語っている。しかし、一部スポーツ関係者の間では「この光景どこかで見たよね……」と心配する声が。そう、北京オリンピック後のソフトボールである。あの時はワイドショーまでもが、ソフトボールを語り、選手の生い立ちや、家族をフィーチャーしていた。しかしあれから3年、いまやソフトボールを見る人、語る人はどれだけいるのだろう……。そして今の女子サッカーは、「まさにあの現象と同じ」と心配する声も一部では上がっている。
「史上最弱」 これが中田翔(北海道日本ハム)らが抜けた大阪桐蔭への評価だった。 「新チームになった時に西谷浩一監督に言われたんです。『オマエら、他から何て言われているか知ってるか? 今年の桐蔭は弱いって言われているんだぞ。そんなこと言う奴らを見返そうじゃないか!』って。確かに僕たちの学年には中田さんたちの学年のようにスター選手がいたわけではなかった。だから、とにかく“全員野球”でいくしかなかったんです」 全国から注目された前年とは一転、この年の大阪桐蔭はまさにゼロからのスタートだった。
7月9日、WBA世界スーパーバンタム級王者・下田昭文はアトランティックシティで同級1位リコ・ラモス(アメリカ)との防衛戦に臨んだ。アメリカ本土で日本人王者がタイトル防衛戦を行なうのはこれが初めて。そのおかげもあって、今回のタイトル戦は多くの注目を集めることになった。 ただそんな歴史的背景よりも、筆者が何より特筆すべきと感じたのは、このファイトが米国最大のプレミアムケーブル局HBOで生中継されたことである。
「一度も野球を嫌いになったことはないですよ」 高校3年間はテレビを観ることも携帯電話を持つことも許されなかった。お正月休みの1週間を除けば、休日は1年に3日ほど。あとは毎日6時間以上の練習の毎日だった。 「夕方4時頃から練習が始まって、終わるのは10時過ぎ。それから寮に帰ってご飯を食べて、お風呂に入って、洗濯して……あとはもう寝るだけです」。 まさに青春の全てを野球に捧げた3年間。どんなに練習が厳しくても、辛くても、福島には野球のない生活は考えられなかった。
2011年は大阪桐蔭高校出身者が熱い。パ・リーグでは中田翔(北海道日本ハム)、浅村栄斗(埼玉西武)、セ・リーグでは平田良介(中日)、そして海の向こうでは西岡剛(ツインズ)が華々しいプレーで観客を沸かせている。彼らが3年間、泥まみれになって白球を追い続けたグラウンドで、この男もまた野球の礎を築いた。福島由登。今から3年前の夏、常葉菊川との決勝戦で、松坂大輔(横浜)以来となる完封勝ちを収めたエースだ。
今夏、ニューヨーク・メッツが重大な岐路を迎えようとしている。 これまでチームを支えてきたカルロス・ベルトラン、フランシスコ・ロドリゲス、ホゼ・レイエスの3人が、今季終了後に揃ってFA権を獲得する。彼らをすべて残留させるのはどうやら難しそうなだけに、チーム側が今のうちに誰かを放出し、見返りを得ておこうと考えるのは当然である。おかげで3人の周囲には、開幕直後からトレードの噂が絶えず飛び交い続けてきた。
故郷のクラブでルーキーイヤーの開幕戦にデビュー。順調なプロの第一歩を踏み出した越智だったが、その後はなかなか出番に恵まれなかった。 「フィジカル面も足りなくて、思うようなプレーができなかった。自分に対してイライラしながらサッカーをしていた。余裕がないので、周りも見えなくて余計に悪い方向に行っていましたね」
次世代の「ミスター愛媛」として期待されている選手である。 越智亮介、21歳。大分トリニータのユースから故郷のクラブでプロになって3年目。主にボランチで昨季は31試合に出場した。イヴィッツア・バルバリッチ監督からも「プレーにクリエイティビティがある」と評価を受けている。
現役最強と目される2人のボクサーが、9月、11月と相次いで試合を行なうことが決まった。 無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーはビクター・オルティスと、8階級をまたいで活躍を続ける現代の拳豪マニー・パッキャオはファン・マヌエル・マルケスと、それぞれラスベガスで雌雄を決する。
あの古田敦也がトライアスロンにはまっている。 ゴールデングラブ賞10回、ベストナイン9回。「ミスタースワローズ」と呼ばれた球界を代表するインテリジェンスな彼が体力の限界に挑戦しているのだ。瞬発力とスキルを必要とされる野球、持久力とタフな精神力を要求されるトライアスロン。同じスポーツでも真逆に位置するスポーツをまたぐのは珍しい。
横浜F・マリノスのユース時代にJデビュー。順風満帆だったサッカー人生に影が差したのは、正式にトップチームに昇格した2009年だった。サテライトの試合に出ていた齋藤は相手と接触し、左ヒザを痛める。 「それまでヒザのケガは経験がなくて、打撲だと思ったんです。でもボールを触ったら超痛い。すごく調子良かったんですけど、トレーナーに言ったら、すぐ交代になりました」