この時期になると、毎年うんざりすることがある。FAをめぐるニュースである。いや、制度そのものをとやかく言うつもりはない。プロの入り口にドラフトという制度があるのだから、FAという制度は、いわば当然のものだろう。そういうことではなく、日本球界独特と思われる慣習が、どうにも気持ちよくないのだ。
優勝争いはもちろん興味深い。だが、個人的には優勝争い以上に楽しみにしているのが、昇格、降格を争う戦いである。Jに限ったことではない。たまたま滞在している国で入れ替え戦やプレーオフが行われているとなれば、たとえそれが3部、4部の試合であってもつい足を運びたくなってしまうほどだ。
これは詐欺である。 「王座統一戦」の看板に偽りありだ。 観る者は、すっかり騙されていた。 12月3日、ボディメーカーコロシアム(大阪府立体育会館)で行われた「WBA・IBF世界スーパーフライ級王座統一戦」リボリオ・ソリスvs.亀田大毅のことである。
愛媛FCが2013シーズンのホームゲーム最終戦を戦う11月17日(日)、サポーターやファンにとってショッキングなニュースが舞い込んできた。 2004年のJFL時代から10年間、愛媛でプレーし、チームを支え続けてきた副キャプテン、赤井秀一選手の今季限りでの退団(契約満了)が発表されたのである。
11月にアイランドリーグ主催のウインターリーグが高知で初めて開催されました。天候にも恵まれ、予定されていた9試合中、8試合を開催。実戦の中で選手の力をチェックすることができました。 初の試みとあって80名募集のところ、 […]
オランダ戦での2点目を見て、私は鳥肌が立ちました。「日本のサッカーもここまで来たか」と。日本はアタッキングサードで6本のパスをつないで、ゴールを陥れました。パスのほとんどがワンタッチ。そして、選手たちの動きも止まることがありませんでした。あれでは、オランダの守備陣も為す術がありませんでしたね。強豪相手、しかもアウェーで、連動した球離れの速いパス回しを展開できたことに、日本の大きな成長を感じました。
わたしたちSTANDでは、これまでさまざまな障害者スポーツの大会の動画配信を行なってきました。いつも難しさを痛感するのは、動画配信の価値をどう生み出すか、というものです。それを明確にすることで、効率的に認知、普及の拡大につなげていきたいと考えています。そこで、今年10月に行なった「スポーツ祭東京2013」の全国障害者スポーツ大会(全スポ)での動画配信では、多くの競技が同時進行していることもあり、それぞれの競技の特徴、出場者、配信のターゲットなどにあわせて、組み立てました。
更迭を要求する声がいつも正しいとは限らない。 6年前の今頃、シーズン途中から指揮をとった外国人監督の解任、更迭を要求する広島ファンの声は決して珍しいものではなかった。続投を決定したフロントに対する批判もかなり手厳しいものがあった。もし、あの時点で更迭という決断がくだされていたら、Jリーグの現在はまたずいぶんと違ったものになっていた可能性がある。少なくとも、ペトロヴィッチ監督がレッズの指揮官になっていることはなかっただろう。
今季は東北楽天が、日本シリーズでV9以来となる連覇を狙った巨人を4勝3敗で破り、創設9年目にして初の日本一を達成しました。レギュラーシーズンで無傷の開幕24連勝という快挙を成し遂げた楽天エースの田中将大は、日本シリーズ2試合目の登板となった第6戦で黒星はついたものの、翌日の最終戦には最終回にマウンドに上がり、きっちりと有終の美を飾りました。楽天にとっては、まさに田中で始まり、田中で終わったシーズンだったと言っても過言ではないでしょう。その田中は、オフシーズンに入ってからも話題の中心となっています。今や騒動と化しているポスティングシステムです。果たして野球ファンは、どう感じているのでしょうか。
大迫が生んだ勝利だった。オランダ戦における彼のゴールがなければ、チームは完全に自信を喪失していただろうし、監督の更迭以外に再生の道はなくなっていた。壊れかけたチームを踏みとどまらせた薩摩隼人の一撃があったがゆえの、この日、ベルギー戦での勝利だった。多くの選手、ファンは、再び世界への希望を見いだしたことだろう。
「垣原さん、僕の試合の時に一緒に入場してもらえませんか?」 かつて新日本プロレス時代に同じ本隊で共闘していた成瀬昌由選手からこのような要請があった。 成瀬選手は、2006年に新日本プロレスを退団してから一度も試合を行なっ […]
走りながら、こみ上げてくるものを抑えられなかった。胸が熱くなり、涙が出てくる。サングラスをしていなかったらカッコ悪い面をさらけ出すところだった。青い空と、蒼く静かな海。優しい笑顔の応援者たち。11月3日、「ツールド東北」を走りながら、そんな感情に襲われた参加者は僕だけではなかったはずだ。
14年前、シドニー五輪予選を一緒に戦ってきた2人の選手が、このほど相次いで引退を表明しました。戸田和幸と北嶋秀朗です。 戸田は今季、シンガポールでプレーしていました。連絡はとりあっており、近々、香港にも来ると聞きました […]
「あと1戦を挟んで世界タイトルに挑戦させる」 戦いを終えたばかりのチャーリー太田の隣に立ったルー・ディベラ・プロモーターは、リング上でのテレビインタヴューで力強くそう答えた。
作り上げるのは難く、壊すのは易しい。いかなる伝説的なチームであろうとも、結果が伴わなければ不協和音が噴出する。敗戦、それも零敗を続けてしまった日本代表がおよそ一枚岩には見えなくなってきているのも、当然と言えば当然である。
ロンドン五輪に向けて、里内たちスタッフは合宿を行っている。コーチの武藤覚がグループリーグで対戦するスペイン、ホンジュラス、モロッコの分析ビデオを仕上げていた。合宿ではそのビデオを見ながら、基本戦術、セットプレーの対応を話し合った。
勝ったことのある人間は、勝利によって得られる喜びを現実のものとして思い起こすことができる。もう一度味わいたいという思いが、苦境を乗り切るための力になってくれる。かつてドゥンガが「勝ったことのあるやつしか勝てない」と断言し、ベンゲルをはじめとする欧州の監督が「勝者のメンタリティー」という言葉をよく使ったのも、結局は同じことである。
ヒクソン・グレイシーが現役を引退すると発表したのが2006年だったから、それからもう7年が経ったことになる。ラストファイトは2000年5月26日、『コロシアム2000』(東京ドーム)での船木誠勝戦……それから数えれば13年。長い歳月が経過した。
9月に入り、リーグ戦下位クラブのカターレ富山やガイナーレ鳥取に引き分け、また順位が近い横浜FCにも敗れるなど調子が上がらない愛媛FC。このままではズルズルと後退し、J2残留争いの渦中に飲み込まれかねない状況だ。 残り少なくなった今季のリーグ戦で「降格」の雑音を払拭するためにも、今こそ1年間、培ってきたものをすべて発揮すべき時である。
「胸を張ってくれと選手たちに伝えた。敗北を恥じる必要はないとね。今季中にも私たちは多くを成し遂げ、私もその一部となれたことを誇りに思っている」 10月30日にボストンで行なわれたワールドシリーズ第6戦後、カージナルスのマイク・マシーニー監督は会見場でそう絞り出した。
まずは、あの“有名な一球”について、振り返っておこう。10月27日の日本シリーズ第2戦。東北楽天の先発は田中将大、巨人は菅野智之である。試合は田中、菅野ともに譲らず、0−0で進んでいく。そして6回表の巨人の攻撃。負けない大エース、今季24勝0敗の田中が、2死満塁のピンチを招く。迎える打者は、ホセ・ロペス。
古くからのファン、特に日本代表を応援していたファンにとって、10月は哀しい思い出が詰まった月でもある。 木村和司が伝説的なFKを決めながら、韓国に地力の差を見せつけられたのは85年10月26日だった。2年後の10月26日には、雨の国立でほぼ手中にしかけていたソウル五輪への切符を失った。そして、あまりにも有名な“ドーハの悲劇”は10月28日の出来事だった。
先のドラフト会議、ガイナーズからは今季最多勝(13勝)の又吉克樹が中日からドラフト2位指名を受けました。報道もされているように、これは独立リーグ史上最高順位です。 本人は高い順位での指名にビックリしていましたが、僕は「 […]
“ドーハの悲劇”から、この28日で20年――。今でも、サッカーの試合を見ていて、拮抗した展開でアディショナルタイムに入ると、フッと当時の状況を思い出しますね。特にイラクに同点弾を奪われた瞬間は、今でも鮮明に覚えています。
10月12〜14日の3日間に渡って、「スポーツ祭東京2013」の一環として行なわれた全国障害者スポーツ大会(全スポ)。NPO法人STANDでは、東京都と協働でインターネットでの動画配信を行ないました。今回の配信事業の目的は、もちろん障害者スポーツの普及拡大ということが挙げられます。しかし、私にはもうひとつの目的がありました。